World Today
ヨーロッパ委員会の動きから
企業の社会的責任(CSR)/社会責任投資(SRI)とフェアトレード
話し手:長坂寿久、聞き手:ネパリ・バザーロ副代表 丑久保完二

 ヨーロッパでは、フェアトレードの広がりと共に、その概念がヨーロッパ連合(EU)でも討議されています。その根底には、企業の社会的責任とその指標、継続的な消費と生産のあり方の模索があります。国際フェアトレード連盟IFATでは、他のフェアトレードの牽引役であるEFTA、NEWS!、FLOと協力して、この2月に開かれたブリュッセルの会議で、ヨーロッパ連合の委員会(EC)に対し意見書を送っています。また、1月に開かれた欧州行動計画(European Action Plan)策定に向けて、有機食品と有機農業のヒアリングの席にもIFATが招かれました。このことは、そのキーワードにフェアトレードが存在していることの表れです。

 今回は、「企業の社会的責任(CSR)・社会責任投資(SRI)とNGO」という論文を発表された拓殖大学国際開発部教授で、(財)国際貿易投資研究所の客員研究員でもある長坂寿久さんにお話を伺いながら、ヨーロッパの動きを追ってみたいと思います。

長坂寿久(ながさか としひさ)写真左
拓殖大学 国際開発学部教授、国際関係論(NGO・NPO論)
1965年、明治大学卒業後、ジェトロ(日本貿易振興会、現日本貿易振興機構)に入会。
シドニー、ニューヨーク、アムステルダムに駐在。1999年に退会し、現職。NPOファミリーハウス理事長、日蘭学会評議員、ジェトロ客員研究員、(財)国際貿易投資研究所客員研究員等。著書に『オランダモデル』(日本経済新聞社)、『映画で読む21世紀』(明石書店)等多数。



丑久保 今日はお世話になります。長坂さんは、CSR・SRIに関しての論文を書かれましたが、その社会的責任・投資とはなんでしょうか。

長坂 企業は経営にあたって、経済性だけでなく、環境適合性、社会適合性をも経営の全プロセスに取り入れた経営を行うべきだという新しい経営論です。それは、一つは企業の利害関係者(ステークホールダー)は株主や従業員だけでなく、顧客、取引先、地域住民、求職者、投資家、金融機関、政府そしてNPOなども含まれるということ、そして第2に環境問題への配慮は企業にとって1990年代にかなり普及し、「環境報告書」を作成している企業も多くなりましたが、さらに「社会的」側面にも配慮した経営を行うというものです。社会的側面とは、コーポレートガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法的遵守)のみならず、人権問題(開発途上国での悪条件での労働や児童労働等を含む)、女性雇用、軍事政権への加担、商品の安全性、ポルノ、熱帯雨林材の開発等々への配慮です。

丑久保 環境だけでなく「社会的配慮」という点で、今まで以上に新しい「企業システムモデル」を志向していると思いますが、従来の企業の社会貢献(フィランソロピー)の持つ言葉の意味とどこが違うのでしょうか。

長坂  今までの「企業の社会貢献」論は、企業が収益の一部を社会に還元するという配分論でしたが、「企業の社会的責任」論は、経営の全プロセスの中に、「経済性、環境適合性、社会適合性」の3点を取り入れた経営を行うという新しい企業システムモデルとして捉えられていることです。

丑久保 社会貢献から社会的責任への転換ですね。

長坂 21世紀の新しい経済社会システムは、政府=企業=NPOの3者が対等なパートナーシップの上に話し合い、合意をしつつ運営していく社会がより良い社会になるのだと考えられています。今までは政府と企業だけが話し合い、合意して進めてきたのですが、今後は政府と企業はNPOとの新しい協働関係の構築が必要になっているということなのです。逆に言えばNPOは政府と企業との新しい協働関係の構築をどう築くかということでもあります。そこにCSR/SRI問題の本質があります。CSR/SRIは90年代の国際的なNGO(NPO)の企業との新たな関係造りを追求する中で構築されてきたものです。しかし、日本ではアメリカ経由あるいは経営コンサルタント経由でCSR/SRI論が紹介されているため、この「企業とNGO(NPO)」の新たな関係構築という本質的視点が全く欠如しており、その点を私はとても懸念しています。

丑久保 「企業の社会的責任」は、企業側からではみえない部分が多いですね。従って、NGO(NPO)との新たな関係構築は良く理解できます。まだまだ、全体意識は低いと言わざるを得ないでしょう。ヨーロッパでも、EUがフェアトレード基準、ラベル表示などの策定に入っています。この企業の社会的責任論と関係がありますか。

長坂  フェアトレードの視点からみると、二つの動きが合流しているといえますね。一つはフェアトレードの普及です。ヨーロッパでフェアトレードが1990年代に、そしてとくにここ数年の内にさらに一層普及してきました。普及するにともない政治的にも関心がもたれるようになり、ブレア首相や国会議員もフェアトレードは大切などといってくれるようになりましたし、

EUでも基準作りの話が進んできています。逆にいえば、日本と違い、フェアトレードは深く社会運動としても定着してきたということです。そしてもう一つの流れがCSR/SRIです。実は企業にとって、CSR/SRI企業として高い評価を受けるためにはNPO(NGO)との協働プロジェクトをもっていることがキーです。そこで企業にとってフェアトレードでNGOと協働することは比較的取組みやすいので、企業がフェアトレードに取り組むケースが増えてきているのです。ヨーロッパにおいて、特にここ最近フェアトレードが更に興隆しているのはその理由もあります。今後も更に増えていくことになると思います。その意味で、フェアトレード運動は新しい局面を迎えているといえるでしょう。

丑久保 EUは、近年、積極的にCSR/SRIを推進しているということですね。

長坂  CSR/SRIは国際的には急速に普及しつつあります。基準作りも急速に進んでいます。英国やフランスにはもうCSR/SRI担当大臣が任命されていますし、CSR/SRIを促進するための年金法などの法改正も進んでいます。EUもCSR/SRI規則の策定に具体的に取組んでいますし、ISO(国際標準化機構)もCSR/SRI規格の策定に入っています。日本企業は国際規準に弱く、ISOが規準作りに取組みはじめたと聞いて関心を強めてきた感はあります。

丑久保 EU/ECの動きとは別に、このような動きはたくさんあります。フェアトレードが盛んな英国では、そのフェアトレードとは別に、倫理取引規範(Ethical Trading Initiative)というグループがありますね。

長坂  ETIは1998年に企業(経営者)、労働組合、NGOが参加して公正貿易と企業の倫理規範の問題を考えるために設立された英国のNGOです。企業取引のコード・オブ・コンダクト(行動基準)を設定し、企業に参加を求める運動を開始しました。参加した企業は参加している旨の「ラベル」表示を使用してよいという仕組みです。CSR/SRI問題でNGOたちが国際的に起こしてきた運動がこの「コード・オブ・コンダクト」運動なのです。NGOが作成した基準に参加してもらうことによって、NGOは企業への普及を果たすことができ、企業はCSR/SRI適合企業として国際的に認識してもらえるわけです。こうしてCSR/SRIは国際的に普及してきたのです。NGOのこうした基準としてはグローバル・サリバン原則、セリーズ原則、米国のBSRや経済的優先課題協議会などがありますし、国連のグローバル・コンパクトもその一つです。

丑久保 フェアトレード団体が認証マークをインドのムンバイで発表しましたが、それも、この流れの中にあります。私たちは、その表示や商品上のラベルが形だけで先行して、最終的に力のない生産者、農民がその枠組みからはじき出されることを心配しています。それは、CSR/SRIの盲点ですが、力ないものは、その指標にも表れないことが多いからです。有機運動は、既にこのような過ちを実際に経験し、その反省から、小さな生産者を支援する動きがあります。世界会議でフェアトレード・ワークショップを開き、積極的に理解を求め、支援する姿勢です。又、真の食の安全を考えると、生産者から消費までを見つめる必要性があり、顔が見える関係を構築する上で、フェアトレードが注目されています。巨大な企業が小さな生産者、農民のことをどこまで考慮しうるかという問題を乗り越えられるのかは疑問が残るところですが、いずれ、企業は、豊かな社会創りをする際の大きなキーファクターです。CSR/SRIの効用で企業が更に一段高い目標に向けて動き出したことは嬉しいことですね。ETI等が正しく運営される様にするためにも、私達フェアトレード組織の存在は益々重要になって来ると感じます。お話、とても参考になりました。ありがとうございました。


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