あったかさの秘密

カトマンズの南に位置する古都パタン。バザールの喧騒を抜けると、通りにはネワール族の生活の匂いが立ち込めてきます。よく見ると、軒先などに見事な彫刻が施された建物が並びます。その一角に、私たちが長年お付き合いをしているウール製品の生産者団体、ウールンガーデンの工房があります。狭い階段を上ると、編み上がったセーターの山に紛れながら、8人ほどの女性がセーターを編んでいます。みんなで楽しそうにおしゃべりをしていましたが、手は休めることなく、どんどん編み進めていきます。中には手元を見ずに編んでいる人もいるくらい、みんな熟練しています。

 工房の屋上に上がると、大きなドラム缶のようなものの中で毛糸を染め、それを所狭しと手すりにかけて乾かしています。また、階段の踊り場では、ヌチマヤさんという女性が、乾いた毛糸をくるくるとボール状に巻いていく作業をしています。ヌチマヤさんは、年をとって前の仕事を辞めましたが、2ヶ月前からウールンガーデンで働いているそうです。「ここには、私の年でもできる仕事があるので、とても助かります」とヌチマヤさんは言います。そして、その下の踊り場では、サリタさんとチョリさんという2人の女性が編みあがったセーターの検品をしています。このように、たくさんの人の手を経て、ようやく一枚のセーターができあがります。 
ウールンガーデンは、マティナさんという女性が1985年に始めました。世界銀行の支援で、イギリスから専門家を招いて行われた手編み講習会に参加して技術を覚えました。仕事が増えるに従い兄弟姉妹も手伝うようになり、役所を退職した父親も手伝って、今では店もカトマンズとパタンに2店営業するまでになりました。現在約100人のリーダーの女性に仕事を依頼しています。リーダーの女性達は、家で家事や育児の合間に仕事をし、また近所の人や友人に教えながら一緒に仕事をしているので、全部で約400人から500人の編み手の女性達が仕事をしているそうです。一番遠い人は、編んだセーターを約2時間かけて1ヶ月に1回納めに来て、また毛糸を持って帰ります。ウールンガーデンは、仕事がある時だけ頼むのではなく、年間を通じて彼女達の仕事を絶やすことのないように常に気を配っています。しかし最近は、政情不安による治安の悪化で、観光客もめっきり減り、海外からのオーダーも少なくなっているそうです。一番の取引先だと言われるネパリ・バザーロの、責任の重さを感じます。
 この日案内してくれたウールンガーデンのアニラさん、アヌさん、ラヘシュさんはマティナさんの親戚です。家族で経営し、大勢の編み手の人達のことも含めて、大きな家族と言っています。「喧嘩はしないのですか?」と尋ねると、「お互いを理解し合っているので、喧嘩はしません。家族で一緒に仕事をしていると、気持ちも分かるのでやりやすく、何より楽しいです」と笑い合いながら、口をそろえて答えてくれました。ウールンガーデンの手編みセーターのあったかさの秘密が、ここにありました。
                                  (文・高橋 百合香)

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