世界フェアトレード・月間 ネパリ・バザーロ主催公開セミナー
「私たちの行き方とフェアトレード」
‐自分らしい生き方、自分と家族、フェアトレードが根付くには‐

5月の世界フェアトレード月間でネパリ・バザーロが行った公開セミナーでは、これまでとは少し違った角度からフェアトレード(以下FT)を紹介しました。ゲストスピーカーの伊田広行さんは、FTの実践者でも研究者でもありませんが、伊田さんの著書を読むと、FTを進めていく上でベースとなる考え方がそこにあることがわかります。FTというのは、単に生産者と消費者間の商品とお金のやり取りではなく、私達の生き方そのものです。セミナーを通して、一人ひとりの問題としてFTを考えてみました。

ゲストスピーカー 伊田広行さん
立命館大学非常勤講師。「シングル単位の社会論」「シングル化する日本」「ジェンダーフリーの絵本Dいろんな国、いろんな生き方」など著書多数。

パネラー紹介
土屋春代:ネパリ・バザーロ代表。ネパールへの教育支援に着手したが、横たわる深刻な貧困問題に直面し、仕事の機会創出のため、1992年ネパリ・バザーロを設立した。

丑久保完二:ネパリ・バザーロ副代表。コーヒー、紅茶、スパイス、ヘナなど遠隔地の生産者を担当。

高橋百合香:大学在学中にネパリ・バザーロにボランティアとして関り始め、卒業後スタッフとして働く。

魚谷早苗:ネパリ・バザーロの母体となるNGOベルダレルネーヨの創立当初からのボランティアメンバー。

パートT 
基調講演「フェアトレードな生き方」伊田広行さん

 お話の中で伊田さんは、フェアトレードを深めていくきっかけとなる考え方をいくつも紹介してくださいました。
 伊田さんの「スピリチュアルシングル主義」は、他者に対し支配や依存をすることなく、自立した個として生き(シングル単位)、かつ自分や自分が属する内側を守るために外を攻撃するのではなく他者に思いを馳せる(スピリチュアル)生き方です。男らしく、女らしく、学歴重視、仕事第一、家庭第一・・・とがんじがらめになりがちですが、本来さまざまな生き方を選ぶ自由があります。低成長期に入った日本でニートやフリーターが増えているのも、何のために生きるのか、日本全体が「次」を求めて考えている時期だからだともいえます。
戦争やカルト宗教など、倫理をなくして殺伐とした絶望の時代に、企業は「環境」「スロー」という言葉を多用していますが、そこにきちんとした理念があるとは限りません。その斬新なイメージを単なるキャッチコピーとして利用しているに過ぎないのです。FTの基盤となるこうした理念も、表面的な流行なら、インパクトがなくなるとすぐにまた移り変わっていきます。行政や企業だけに社会の流れを任せるのではなく、私達一人ひとりが調べ、働きかけ、主体的に行動して、世の中の動きを作っていかなければいけません。その際に、権力重視や戦争肯定を議論で負かしても、人は動かず、世の中も変わりません。戦争主義者に戦いを仕掛けても、彼らと同じ土俵に上がるだけです。非暴力には、戦わない「戦い」という違う流れがあります。嫌なものは嫌と言い、自分の信じる生き方を着実に実践していくことが、一見戦いから逃げているように見えても、実は社会を変えることにつながるのです。

パートU
パネルディスカッション

 伊田さんも交えてのパネルディスカッションでは、ネパールの現状やネパリ・バザーロの具体的な活動を伝えながら、「私たちの生き方」を考えてみました。

土屋:フェアトレードは、買ってあげることで貧困に苦しむ人に現金が渡るという一方的なものではありません。家族の従属物のように扱われてきた女性が仕事をして収入を得ることで、子どもを学校に行かせ、家庭で発言権を持ち、尊重され、自信と尊厳を取り戻します。女性が変われば家庭が変わり、社会が変わるのです。買う側にとっても、安心、安全、低価格、素材の良さなどたくさんのメリットがあります。

伊田:経済的自立が女性の立場を変えます。多くの男女関係には、暴力や経済や愛情で相手をコントロールしようとする権力関係があります。これはネパールだけではなく世界共通の問題です。自立とは「勝つ」ことではなく、自分で自分をコントロールできることです。従属して離れられない関係ではなく、いざとなったら離れることもできるけれど自分の意思でつながっているからこそ良い関係が作れるのです。

高橋:ジェンダーについてもネパリに入ってからよく話すようになりました。学生の頃は自分の問題として考えていませんでしたが、意識が大きく変わりました。

伊田:仕事をしつつ家庭も大切にしている人は世界にたくさんいるのに、マニュアル的に結婚したら退職すると思っているのはおかしなことです。本当にやりたいことは何なのか、問いかけてみるべきです。男性も、稼ぐのは男と思っているからリストラされて自殺するようになるのです。

丑久保:FTのニーズが高まっている中、支える側のFT団体でスタッフが定着せず苦労しています。FT団体も小売店も消費者も女性の力が大きいのですが、その女性達が「結婚したら家庭に入る」という依存的幸せパターンにしがみついてしまっているのは残念です。

魚谷:こうしたセミナーでも男性は少なく、学校へ話に行っても興味を持って集まるのはほとんど女子学生。男性にも、もっと参加して欲しいですね。男性も女性も変わってこそ、誰もが生きやすい社会になるのだと思います。

伊田:男性が女性を養うべきと思わず、男性ももっと自由になって、未来社会の新しい関係を実践して欲しいですね。

高橋:FTの仕事は、魅力的な人や新しい価値観に出会え、支えられること、元気をもらうことの方が多く、本当に楽しい。FTが流行りでなく根を生やしていけるよう活動を続けていきたいです。

伊田:社会全体を変えることはすぐにはできないけれど、自分だけならできることはたくさんあります。正義を振りかざし、上から強制して推し進めるのではなく、横でつながりながらやりたい人がやりたいことを、弱さも矛盾も出しながら楽しく広めていきたいと思います。

土屋:伊田さんの著書で一番共感したのは「一人ひとりが心をこめて静かに伝える、さざ波のような広がりをもつ社会運動」という言葉です。ネパリも、マスコミで大きく宣伝するのではなく、直接会って意見を交換し、納得したことを実行していくことで、広がっていけたらと思います。

 
 当日の参加者は70名ほど。若者達の参加が目立ちました。生き方に悩む10代、20代の若者からは、もやもやと悩んでいたことに答えをもらった、漠然と考えていたことを言葉にしてもらってすっきりした、これでいいんだと勇気と元気をもらった、などの感想をいただきました。また、経験を重ねた方達からは若者の熱心さに驚き、喜び、自分も頑張ろうと思ったという声も寄せられました。フェアトレードについて、さまざまな角度から深く考える機会になるセミナーでした。

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