紙の布に希望を託して


ネパールにはまだまだ埋もれている宝、可能性がたくさんあります。ロクタ紙もそのひとつです。これほど純度の高い紙はもう世界にも稀で、とても貴重なものですが、市場がみつからないために原木のロクタが手入れをされず放置され、村人達の生活も厳しいままです。仕事を必要としている人が数限りなくいて、素材もあるのに、市場に合う製品作りがされないのはとても口惜しいことです。紛争が続くネパールで最も激しい戦いが繰り返される地域と紙の生産地は重なります。新たな素材で市場に受け入れられる製品開発。この難問にどうしたら応えられるのか、途方にくれる中で出会った手がかりは、昔の日本の、極貧に苦しんだ農民の工夫が生んだ布でした。
 「紙の布」は、紙を細く裂いて撚りをかけた糸を織って布にします。その布は人を軽やかに優しく包みます。その昔、木綿の糸も絹の糸も買えなかった農民達は貰い受けた反故紙から懸命に布を織り野良着に仕立て、寒さから身を守りました。その後、紙布は武士階級にも重用され、優れた手漉きの紙が生まれる地域で織られるようになりました。時代が変わり木綿が気軽に手に入るようになり、あまりにも手のかかる紙布は次第に姿を消していきました。今でも少数の人が技術を守っていますが、一般に流通するにはあまりに高価で、量も少なく、その存在を知る人はほとんどいません。
 日本の農民の知恵が生んだ紙布をネパールのロクタ紙で織れたらと夢のようなことを考えました。優れた特性を持つその布で日常着が作れたら、厳しい生活を余儀なくされているネパールの人々の仕事につながります。新たな産業を創ろうと構想を口にした時、皆驚きで目を丸くしました。しかし、この突飛な着想の実現に向けて走り始めた時、日本でもネパールでもぴたりと寄り添い支えてくれる人達がいました。紙布は発想から5年をかけ、多くの人達の想いが織り合わされ形になりました。
 将来、紙布の技術がネパールに広がり受け継がれ、特産品として世界に羽ばたく日がくることを心から願っています。

紙布に寄せて


ネパールで紙布を織ろうと思い立って5年。過ぎてしまうとなんとも短い年月に感じます。その僅かな年月でこの素晴らしい紙布は生まれました。手元の美しい布を見ていると生まれるべくして生まれた布だという気がします。優れた素材と手間を惜しまぬ人々。そして、みんながしあわせになるようにと多くの人の祈りがこめられています・・・。

遠隔の地での貴重な産業であるロクタ紙の販路をどう広げるかを考え、思いついた紙布の服作りですが、今日までに何度か挫折しそうな時がありました。最初の壁は、作業のあまりの困難さでした。協力をお願いした染織作家の大塚瑠美さんは自らロクタ紙から糸を紡ぎ、布を織り、どれほど手間がかかるかを知った時、これを他の人にせよとはとても言えないと辛そうに話しました。でも、カトマンズに伴った大塚さんの糸づくりを見て、試行錯誤で苦しんでいたウシャさん達は「これならできる」と顔を輝かせました。この大変な仕事を喜ぶ彼女達の様子に「ネパールの現状がいかに厳しいかを実感した」と大塚さんは言いました。
次はコストという壁でした。布の風合いが決まりコスト計算をすると想定を超え、とても高くなりました。これでは販売が難しい。時間が経つほどウシャさんの損害は大きくなるので、中止するなら早い方がよいと伝える決意でネパールに行きました。沈んだ気分でウシャさんの工房を訪ねると、気の遠くなるような仕事を厭わず取り組む皆の真剣な姿を前に、高くなり過ぎて売れないかもしれないと言えなくなりました。こんなに大変なことをなぜ笑顔でできるのだろう?成功するかどうか分からない未知の世界なのに、不安そうな様子ひとつ見せずに。ウシャさんの話を聞いて、それが私への強い信頼からだと知った時、やるしかないと心の底から熱いものが込み上げました。
多少高くなっても本当に良いものなら日本の消費者は理解し買ってくださる。それを信じて賭ける気持ちでした。繊細な糸を紡ぎ、手織りと草木染めで、シルエットの美しい着心地の良い服を作ろう。ウシャさんにコストのことも率直に話し、付加価値の高い服を目指すしかないこと、今の技術水準を遥かに超えるものでなければならないことを話しました。ただでさえ大変な作業と知りながら、糸をもっと細く、撚りを強くしてほしいと依頼しました。それは紙が切れてしまうかどうかの瀬戸際の作業です。手先によほど神経を集中しなければなりません。
糸が細くなり柔らかな布ができてきましたが、サンプルの服を仕立てる毎にまた課題がみえてきます。まだ糸の撚りが足りないと伝えると、改善のために、紡ぎ溜めた大量の糸を黙って素早く撚り直したことを知った時、その熱意に感動しました。それはさらに良いものを作ろうと私達の意欲に火をつけました。
一年の間、何度もサンプルの服を作り、スタッフと関係者で着用実験、洗濯実験を重ねました。どんどん質が向上し、縫製と染色を担当するサルミラさんも日本での研修に招いて細部にわたる指示と指導をし、パタンナーの青木いみ子も納得がいくまでパターン修正を繰り返しました。これまでの布とは違う独特の個性を持つ布。もっともっと良いものをと皆の想いはひとつになり、それぞれが渾身の力を注ぎ2006年春、晴れてご紹介することができました。この紙布の服が皆さまのご愛用の一着となりますように。そして、是非ご意見、ご感想をお寄せくださいますようお願い申し上げます。
        ネパリ・バザーロ代表 土屋春代

SHIFU NEPAL

細く、強く撚りのかかった紙糸が織り成す、天然のしわ加工のような紙布特有の風合いは、手間を惜しまぬネパールの人の手と自然が生み出した、他にはない味わい深さです。着れば着るほど柔らかく、体に馴染んできます。その上、紙糸は様々な方向を向きながら絡まり合ったロクタの繊維から成っているので、細い糸の中には空気がたくさん含まれています。その空気が、紙布と肌の間にほどよい温度の層を作り、私達の身体を暑さや寒さから守ってくれます。暑い夏は涼しく、寒い冬は暖かく、温度を調節してくれます。ふわりと軽いので、肩も凝りません。
 色は、グレイッシュピンク、グレイッシュミント、チャコールグレーの3色。どれも縫製を行うサルミラさんが少量ずつ、自ら草木染めを行っています。草木染めは熱いお湯で一定時間煮て染めなければならないので、当初私達は、デリケートな紙布は草木染めに耐えられるか心配でした。しかし、ヒマラヤの大自然の恵みを享受した、天然染料の持つ力とロクタの繊維は、想像以上に強く、短時間の煮沸でこんなにも鮮やかで美しい色を与えてくれました。まさに、ネパールだからこそ実現できた、紙布の草木染めです。優れた特性を持ち、たくさんの人の想いが織り込まれた紙布。ぜひ一度、羽織ってみてください。

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