自分の足で立つということ
アニタさんとサルミラさんのネパリ・バザーロ研修  中島由利

ネパリ・バザーロ(以下ネパリ)の服作りに関わるアニタ・サキャさんとサルミラ・ダンゴルさん。生産者団体も家庭での立場も全く異なる2人が一つの部屋で一ヶ月間生活しながら、研修を受けました。結婚し、子どももいるアニタさんは、11人という大家族の世話をしつつ、マヌシで縫製部門のみんなを指導し、自らもカッティングを担当しています。一方、サルミラさんは8年前に父親を亡くし、弟妹達の成長を見守りながら自分の小さな工房を切り盛りしています。その丁寧な仕事ぶりは紙布製品でもご覧頂けます。そんな2人の一ヶ月間を振り返ります。



 研修の目的

 日本に研修で招いた生産者にまずしてもらうのがネパールから届いた商品の「お直し」です。ひたすらほつれなどを直していきます。やってもやっても終わらない作業。その日の感想で「ネパールの商品の品質はまだまだだと感じた」と2人とも口を揃えて言いました。生産者が日本に来て一番びっくりするのはここだと思います。そして私達が感じてほしいのもここです。生産者はネパールから自信を持って商品を送り出しています。それがまさか日本でこんなに修理されているなんて!口で何度言っても、実際の不良品をネパールまで持って行って見せても通じないことが、日本で朝から晩まで商品を直しているのを見ることによって、ぱっと通じるのです。自分達がこれはいいだろうと思っていたものが、日本ではだめなのです。聞いてみると「日本ではこれくらいはいいかなと思うのは誤差1センチ、でもネパールでは1インチ(約2・5センチ)まではOK」その差が日本へやって来ると、修理という結果になってしまうのです。この修理にかける時間を他のことに使えたら、ネパリも生産者も共にもっと新しいことにも挑戦できるはずです。
 
 
 貿易ゲーム初体験 

 2005年10月15日、東京・青山のウィメンズショップ・パッチワーク主催の参加ワークショップ「ほっとけない世界のまずしさ―フェアトレードにできること―」でゲストとしてアニタさん、サルミラさん、ネパリ・バザーロ代表の土屋春代がお話をしました。生産者の2人は大勢の前で話すのは初めてで、始まる前からこちらにも緊張が伝わってくるほどでした。同じ館内にあるパッチワークで特製の美味しいネパールカレーを頂き、30名ほどが集まった会場に向かいました。
まず始めに、アジア太平洋資料センター(注)代表の井上礼子さんをファシリテーターに迎え、開発教材「貿易ゲーム」を行いました。アニタさん、サルミラさんはその様子を土屋に通訳してもらいながら、それぞれのグループを見て回り、井上さんの分かりやすい解説を、参加者以上に、興味深く聞き入っていました。
2人とも貿易ゲームを見て、世界は、ネパールはこんな風になっているのかというのがみえ、これからのネパール製品に必要なものがわかったと研修に大きくつながった事を感じました。
その後、アニタさん、サルミラさんがお話をしました。まず、アニタさんがマヌシの代表であるパドマサナさんに頼まれてハルチョーク村にトレーニングに行ったお話をしました。ハルチョークは首都カトマンズの郊外ですが、いまだに閉鎖的で封建的、男尊女卑が激しい所です。バスで一時間、歩いて30分。坂道をずーっと登らなくてはいけない所で、朝7時から9時まで教えるために、かなり朝早く家を出なければならず、冬は暗くて寒いので、もう一人の女性はすぐに辞めてしまったそうです。それでアニタさんも辞めたいとパドマサナさんに言うと「外国の女性だって一人でネパールへ乗り込んでくるじゃないか。春代だって、日本からたった一人でここまで来ているんだよ。あなたも頑張りなさい!」と励まされ、その後2年間続け、今ではそのトレーニングを受けたカンチさん、ラクシュミさんがマヌシで働いています。「2人とも服が作れるようにまでなり、本当に嬉しい」と最初とても緊張していたアニタさんは笑顔で話し終えました。
 次にサルミラさんが10年前、WEANコープ(女性生産者の協同組合)に出会い、色々な事を教えてもらって、自分の能力を広げてきた事、父親が亡くなり、弟と3人の妹の面倒を見るために必死で今日まできた事などをお話しました。サルミラさんは結婚していないのですが、女性が一人で生きていくのは一人前と思われないネパールで、結婚しないということはとても大変なことです。
 参加者の方は実際に商品を作っている生産者の生の声を聞けると共に、ネパールの現状も知るよい機会になったことと思います。
 最後にパッチワークの長谷川輝美さんが「息遣いまで伝わるような緊張感の中でお話を聞けたこと、よかったと思います。フェアトレードは身近にできる国際協力で販売状況は厳しいですが、その努力がアニタさん、サルミラさんにもつながっていると思えるのが嬉しいです」と挨拶し、セミナーは終わりました。    
 
 研修の感想

●有意義だった日本研修
アニタ:今回の研修は大変有意義で、パタンナーの青木さんから受けたトレーニングはとても参考になりました。他の生産者の商品の修理もして、ネパール製品の品質が不十分だと感じました。事務所ではみんながネパール語を話していて、ネパールにいるように感じて楽しく働くことができました。鎌倉のマーケットリサーチではハンディクラフト製品の仕上げが素晴らしく、参考になりました。日本は経済的に豊かなので、手で縫わずにミシンを使って作ったものばかりだろうと思っていました。でも手仕事で細部にわたってきれいに仕上げてあり、手間がかかっても丁寧にきれいに作った方が良いのだと分かりました。

サルミラ:一人で仕事をしてきたから何も分からないでやってきましたが、今回教えてもらっていろいろなことが分かりました。どうしてもできなかったところも、青木さんに教えて頂き、できるようになりました。これをゆっくり他の人にも教えつつ、仕事をしていきたい。ここではみんな助け合って仕事をしているというのを感じました。
 言葉にできないくらい、たくさんのことを学びました。来るまではどんなマーケットを見るのか想像できなかったのですが、いろいろな品質のものを見ることができました。ネパールの商品の品質はまだまだと感じました。

●恵まれている日本女性
サルミラ:日本はすごく安全で夜遅く歩いていても平気なので驚きました。それに、日本の女性は自由だなと思いました。時間も好きにできるし、食べたいものを食べられるし。誰かに指示されたり強制されることがない。誰に許可を得なくてもほしいものは買えるし、日本の女性は恵まれている。ネパールではブレスレット一つ買うのさえ、親や夫の許可が要ります。

アニタ:ネパールでも女性の地位が変わってきて、男性の考えも変わってきました。女性も外に出てお金を稼いでくるのは良いと思われるようになってきました。ネワール民族は特に結婚したら家庭に入るという思想が強かったのですが、変わってきました。それでも女性は家事をした上でしか仕事ができません。結婚したての頃は仕事と家庭の両立は大変でしたが、今は慣れたので、そうでもないです。これからもマヌシでできるだけ働き続けたいです。
 都市部では外で働く女性が増えましたが、農村ではまだまだ少ないのが現状です。ネパールでは一人の収入で一家が暮らしていくことは大変です。教育費が高いから子どもに良い教育を受けさせられないのです。それに近所の目がうるさく、帰りが遅くなるとあることないこと噂されるので、家庭では女性を外に出したがらないのです。働く女性がもっと増えていけば変わっていくと思います。日本人は忙しくて隣人のことをかまっていられないように見えました。お互いにどういう生活をしているのか、忙しくて気にならないという感じ。ネパールは仕事がなく時間をもて余している人が多いし、家庭で仕事している人が多いから、他人のことが気になるのでしょう。

●自分の足で立つということ
サルミラ:今ネパールでは、男性はマオイスト(反政府勢力)を恐れ、首都カトマンズへ逃げてきています。村には女性と年寄りしか残っていないので、女性が頑張るしかない状況だと思います。ネパールが弱い国だからといって何もせず、待っているわけにはいかない。もっと他の国に協力を求めたり、自分にできることを磨いて積極的にいかなくてはいけないと感じました。貿易ゲームで最貧国にNGOが行ったのはすごくよかった。自分のできることをしていけばよいのだと分かりました。どんなマーケットに売ったらいいか分からないから、それを導いてくれるネパリのような存在がいると道筋が見えてきます。以前、WEANコープの事務局のカラワティさんに薦められていたにもかかわらず、ネパリに売り込まなかった自分と、貿易ゲームでNGOがやって来ても信用せず、仕事をしようとしなかった最貧国の人達が重なって見えました。マーケットを知らないで商品は作れない。日本に来てネパリがどういうことをしているのかがよく分かって、良いものを作らねばならないと思いました。良いと思って作った物が売れず、一度諦めて仕事を辞めた時がありましたが、自分の足で立たないでどうするのかと考え、また仕事を始めました。自分で自立して、初めて人も導ける。そうやって弟妹も導いてきました。自分の足で立つことがとにかく大事。自分で立っていればこうやって人に知ってもらう機会だってあるし、自分のことを知る機会もあります。

 研修を終えて
 
大勢の人の前で話す機会のなかった2人が遠い外国の日本で、セミナーに呼ばれて話をしたり、それによってひと回りもふた回りも大きくなったことを感じました。製品を作る上でもいろいろなものを得たと思いますが、それ以上に人間として得たものが大きいのではないかなと思いました。一ヶ月前よりも自分に自信を持って、パワーに満ち溢れて見えました。そして毎回そうなのですが、こちらもたくさんのパワーをもらいました。フェアトレードは、やはり人です。人と人のつながりで成り立っているのです。

(注)アジア太平洋センター(通称PARC:パルク)は、人びとが対等・平等に生きることのできるオルタナティブな社会を創ることをめざし自由学校など多様な市民活動を行っています。

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