女性たちのエンパワーメント
ウシャさんとマンマヤさんの紙布生産者滞在記  村井杏子


2006年2月、紙布の発表に合わせて、その生産者「ヤングワオ」代表のウシャさんと糸紡ぎ担当のマンマヤさんを、セミナーのスピーカーとして日本へお招きしました。約20日間の滞在の様子と、二人が日本で感じたこと、想いをお伝えします。

セミナーでの凛とした姿
 長年取り組んできた紙布を発表する日、ウシャさんとマンマヤさんはその想いを参加者に熱く語りました。特にマンマヤさんは多くの人の前で話をするのは初めてにもかかわらず、堂々としていました。そこにはパイオニアとして紙布作りに取り組む自分自身への強い誇りが感じられました。「自信を持たせてくれる」紙布にはそんな力があるかのようです。

糸を紡ぎ、世界が広がる
 生まれて初めて国外に出たマンマヤさんは、毎日が驚きと興奮の連続で、外では見るもの全てに触れるほど好奇心旺盛でした。自動販売機を初めて見て、「中に人が入っているの?」と目を見開いて驚きました。ウシャさんは「次はあなたが中に入って、私がボタンを押したら出てきなさい」と冗談を飛ばしていました。ネパールでは自宅や職場周辺以外にほとんど行くことがなかったマンマヤさんです。ネパールの女性は、都市の一部の人以外、自分の家、村の中という限られた世界に暮らしています。ネパリ・バザーロ(以下ネパリ)の服はマンマヤさんのような女性たちが一枚一枚手作りしています。国内市場には限りがあり、国外に市場を求めなければなりませんが、その大きなギャップを乗り越えることは想像以上に大変なことです。それでも困難に立ち向かい自分の足で立ち、自分の道を切り拓いて欲しい。それが私たちやウシャさんの願いであり、目指していることです。

全身からでるエンパワーメントの光
 滞在中、私たちはかわるがわる二人の部屋を訪ねて、ネパール料理をご馳走になり、遅くまで語り合いました。ジェンダーのこと、女性が抱える問題のこと、様々なことを話すことによって視界がぱっと開けたり、「人生は闘うこと(Life is struggle)」 という言葉を聞いて、逃げていた自分に気付き、頑張ろうと誓ったスタッフもいました。二人の生きざまに、私たちのモチベーションもぐっと上がりました。

学生たちとの日々
 ウシャさんは、以前から日本の教育現場にとても興味がありました。滞在中、私たちと関わりのある小学校や高校を訪問し、様々な交流をしました。県立神奈川総合高校ワンコインコンサート(注1)の生徒たちが事務所を訪ねてきた時、「ネパールに今一番必要なものは何ですか?」という問いに、ウシャさんは「平和」と答えました。その答えに、今のネパールの切実な状況をひしひしと感じました。
 そして、ウシャさんにとって印象的だったのが、大口台小学校の子どもたち(注2)です。自分たちの教室や委託販売を行ったお店にフェアトレード生産者が来てくれ、ネパールがぐっと身近になった小学生たち。帰り際、女の子がお別れの挨拶を言うため、息を切らせながら追いかけて来ました。あまりの嬉しさに優しく抱きしめたウシャさんは、初めての土地でこんなにも想いを寄せてくれる子どもたちに感無量でした。

日本での印象と今後の抱負
 滞在最後の日にお二人から感想を伺いました。

マンマヤ:糸を紡ぐ仕事は大好きです。「どうしたら、もっといい糸を紡ぐことが出来るのだろう?」と毎日考えながら紡いでいました。日本に来て、そのヒントが少しずつみえてきました。そして、その貴重な知識や情報を惜しげなく教えてくださったことに感謝いたします。
 ネパールに帰ったら皆と団結して、ヤングワオをもっともっと強い組織にするように頑張ります。そしてもっと良い紙布を作りたいと思います。

ウシャ:日本へ来る前に、春代さんと完二さんに、ヤングワオのみんなのまとめ役でもあるマンマヤまで日本に呼んでしまい、工房は大丈夫かと聞かれましたが、快諾しました。なぜなら私の目的は「女性たちのエンパワーメント」にあり、マンマヤにとってまたとないチャンスと考えたからです。日本での経験によって、自信をつけ、人前で堂々と話すほどに成長したマンマヤを見て本当に嬉しく思います。
 日本に来て、ネパリの活動を深く知ることが出来てよかったです。商品がお客様に届くまで、新商品の開発やプロモーション、お直しやパッキングなど多くの時間と労力をかけていることを初めて知りました。紙布のように全くのゼロのところから、強い想いと行動力で、新しいことを企画し、実際の商品にまで仕上げていくそのフロンティアワークは、私の想像をはるかに越えていました。生産者の仕事は商品がお客様に届くまでの仕事のうち25%でしかなく、あとの75%はネパリがしていることを知りました。 
 日本へ来るときは商品サンプルをたくさん持ってきて重かったのですが、帰るときはたくさんの知識を詰め込んで頭を重くして帰ります。心から感謝します。私だけではなくネパールの生産者みんなから、「ありがとう」と言いたい気持ちです。女性たちにとって大切なのは、お金よりもむしろ社会的地位を上げることです。ネパリは単に物を買ってお金を渡すのではなく、生産者のことを考えて、生産者の地位をあげる努力をしています。それは「教育」と言い換えられるでしょう。普通のバイヤーと違い、ネパリは頻繁にネパールに来て、ワーカーたちの生活状況や、待遇も見ています。フェアトレードラベルを貼って、その商品が売れてお金が入ればいいというものではなく、それ以上に大切なものがあると思います。それが本当の意味での地位向上、自立です。それをネパリが実践していると思います。お金がただ入っても社会は変わらないのです。
 また、沖縄の染織作家の上原美智子さん(注3)琉球和紙の安慶名清さん(注4)との出会いから、もっと紙布の質を上げなければと強く感じました。特に上原さんの「量より質が大切」という言葉が心に残っています。上原さんの究極の糸は「クモの糸」を連想させます。その糸で織ったショールは5メートルで5グラムしかなく、まさに鳥肌が立つほどの夢の布でした。一つのことを追及し、一つの糸の可能性を極限まで広げていく姿勢に深く感動しました。そして、その布を丁寧にたたんで箱にしまうそのしぐさから、仕事に対する誇りと、もの作りに対するこころを学びました。

 今回の滞在で、仕事に対する心意気まで奥深く感じることができたウシャさん、マンマヤさんは、上原さんが作った「繭工房」に習って、ネパールで「紙布工房」を作ると意気込みを熱く語ってくれました。これからのネパールの産業として根付いていく明るい光を感じました。力強く進んでいくウシャさん、マンマヤさんに期待でいっぱいです。

(注1)「顔の見える支援」をキーワードに、ネパールのカンチャンジャンガ紅茶農園(P.74参照)の子どもたちに奨学金支援をしているチャリティーコンサート。
(注2)担任の先生から初めて聞いた「フェアトレード」という言葉をきっかけに、5、6年生の2年間の勉強を通して、自分たちで企画、出店まで行った。
(注3)まゆ織工房主宰。世界一細い絹糸(3.7デニール)で織る「あけずば織り」を開発した沖縄の染織作家。
(注4)手漉琉球紙工房「蕉紙菴」主宰。琉球王朝時代から作られた沖縄独特の紙・芭蕉紙を漉き続けている。

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