IFAT地域会議とフェアトレードの行方

2006年8月
北米・環太平洋地域会議inニュージーランド
国際フェアトレード連盟IFAT(注1)は、毎年の年次総会と地域会議、2年に一度の国際会議を開催しています。その他に重要な機能としては、事務局と実行委員会(各地域代表者会議)があります。実行委員会のメンバーを選定する際は、ジェンダーバランスも考慮しています。地域会議は、アフリカ、アジア、北米・環太平洋、南米、欧州に分かれています。アフリカ、アジア、南米は生産者の集まり、北米・環太平洋と欧州は、バイヤーの集まりです。日本は、北米・環太平洋地域に所属し、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドがその仲間です。近い将来、韓国がこの仲間入りをすることでしょう。
 今回、ネパリ・バザーロが副代表・丑久保完二を地域会議に派遣した目的は、「生産者視点の重視」と云うIFATのアイデンティティーの確保を主張することでした。欧州議会がフェアトレード進展に力を入れていくことを表明する欧州で、フェアトレード運動の中心をなしているフェアトレード・ラベル組織(FLO注2)がますます力を付ける一方、生産者視点から遠ざかっていき、フェアトレード団体がFLOラベルを使うなど、その中に同化し力を失いかねないことに対し危惧を抱いていたからです。
 2005年10月、イギリスでネスレ社へのFLOラベル使用を認めた時は、多くのフェアトレード団体が心配し、反対の意思表示をしましたが、FLOは意に介しませんでした。欧州議会のフェアトレードへの取組と共に力をつけるFLOに対し、その流れに同調しなければ自分たちの存在意義すら失うと危機感を募らせている人がいるのも事実です。その背景には、フェアトレード団体も、創設メンバーの時代から次世代に活動が引き継がれようとしている中で、生産者の実情をあまり知らないということがあります。現場を知らなくては、FLOとなんら差別化できるものはないからです。
 日頃からネパリ・バザーロの活動を応援し、会議にも同行してくださった沖縄キリスト教学院大学助教授の新垣誠さんに、会議の様子を報告して頂きます。



注1:IFAT(The International Fair Trade Association)は、公正な貿易の普及を目指す世界中の組織の連合体。途上国の立場の弱い人々の自立と生活環境の改善を目標に1989年に結成され、欧米や日本のフェアトレード組織と、アジア、アフリカ、中南米の生産者組織が情報や意見を交換する場ともなっている。日本の2団体を含め60カ国以上、約300団体のメンバーが加盟。

注2:FLOインターナショナル(Fairtrade Labeling Organizations International)は1997年に設立された組織で、フェアトレード生産者の認定と一般企業がフェアトレードラベルを利用する際の認定を行いながら、そのラベルを通じてフェアトレードの認知度を上げ、フェアトレードを広めていく運動。フェアトレードのラベルは、今のところ、FLOラベルと国際フェアトレード連盟(IFAT)がその登録メンバーに向けて認証しているFTO(Fair Trade Organization)マークがある。


報告・沖縄キリスト教学院大学助教授 新垣誠(左写真中央)
クロスロードに立ちながら
IFAT地域会議とフェアトレードの行方

悪魔と魂を引き換えにギターのテクニックを得たと歌う
ブルースギターの天才ロバート・ジョンソン。
その歌詞を引用したデイトン氏は、会議の初っぱなから
危機感を持ってフェアトレードの行方を問うたのでした。


「今日、私たちはクロスロード(十字路)に立たされている」。IFAT北米・環太平洋地域議長ポール・デイトン氏は、この隠喩で開会を宣言しました。悪魔と魂を引き換えにギターのテクニックを得たと歌うブルースギターの天才ロバート・ジョンソン。その歌詞を引用したデイトン氏は、会議の初っぱなから危機感を持ってフェアトレードの行方を問うたのでした。
 1970年代、まだ「フェアトレード」なんて言葉もなかったころ、先進国のエゴとグローバル経済が生み出した歪みを黙って見過ごさせなかった開発援助の活動家たちは、体一つで貧しい地域へ飛び込んで行きました。あれから30余年、フェアトレードは西欧を中心に拡大を続けています。今や政府にも公認され、立派なビジネスとしても成り立っているフェアトレード。順風満帆にも見えるこの運動のいったい何がデイトン氏に危機感を持たせるのでしょうか。2006年8月、ニュージーランドで開催されたIFAT北米・環太平洋地域会議から考えてみましょう。
 まず、会議で飛びだしたのは、「フェアトレードが乗っ取られる」という発言でした。その危機感は、今までフェアトレード運動が批判の対象としてきた大手企業のフェアトレード業界参入が理由でした。ちなみに大手企業は真に内発的な反省から利益至上主義の態度を改めたのでしょうか。いや、社会責任を問われる企業が、市場の動向を観察した上での日和見主義的な商業戦略に過ぎないことは、IFATメンバーのみならず誰の目にも明らかなことでしょう。もちろん、それらの大企業が組織としてフェアトレード認証を受け、全ての商品をフェアトレードの基準で取引すれば、明日にも世界は変わることでしょう。フェアトレードを謳っている企業の商品の一部にしかラベルが貼られていないことからも、それは明らかですね。近年売上げを伸ばしているフェアトレード市場は、企業にとって新たなビジネスチャンスなのです。
 危機意識は、そのような大企業に認証ラベルを提供する FLOにも一部向けられました。FLOが設定するような国際基準は、フェアトレードを明快なものとし、その拡大に貢献するかもしれません。しかし多くのフェアトレード団体が草の根だったり小規模だったりすることを考えると、国際基準に全てを委ねることは、認証基準を持たない商品を扱っている団体や、認証を得るための高額な費用を払えない団体をフェアトレードの運動から排除することにもつながります。草の根からスタートしたIFATのメンバーにとって、それまでフェアトレード運動が極めて悪質と認識してきた大企業に認証ラベルを与えるFLOの動きには、身の危険さえも感じるのです。いずれ大企業は巨大な資本を武器に、誠実な小規模の団体を駆逐し、市場の独占を図ることでしょう。また、企業の本質を見抜いている消費者は、それを承認してしまったフェアトレード運動そのものに失望するだろうといった危惧もありました。そのような企業と同一視されることは、これまでのIFATのアイデンティティーを激しく揺るがし、これからの方向性と組織の存在意義を限りなく不安定なものとしているのです。その結果、「フェアトレード」という言葉を使うことを辞めて、何か新しい言葉で自分たちの活動を表現しましょうという提案さえも、会議では浮上しました。しかし問われるべきは活動内容であり、理念のはずです。
 市場拡大や売上アップは、結果として生産者の利益につながるでしょう。一方で市場の動向を強く意識した利益追求型の経営スタイルは、フェアトレードが大切にしている生産者への配慮を犠牲にする危険性をはらんでいます。実際、生産者への気配りよりも市場でのゲームに勝つ戦略を気にする発言も会議では聞かれました。一般の大手流通ルートを最大限に利用した市場の拡大で生き残るべきだと主張するメンバーもいました。しかし元来フェアトレードが根本的な目標に掲げていたことは、単なる経済格差の是正や物質的豊かさの提供ではなく、教育、健康、人権、尊厳、平等、平和といった電卓の数字には表れない人間性の実現だったはずです。自由市場経済の流れにのって売上げを伸ばすか。生産者に目を向けてフェアトレードの原点に立ち返り続けるか。デイトン氏が示したクロスロードとは、まさにこの分岐点なのです。
 フェアトレードの基準は法律ではありません。誰が「フェア」という基準を設定しているのか?またある特定の地域でフェアと判断された基準も、別の地域ではフェアじゃないかもしれない。だからこそ、私たち消費者も思考停止することなく、常にそれを判断する必要があるのです。認証ラベルを過信する危険もそこにある。私たちの手に乗る大抵の商品から生産プロセスの痕跡をみることは簡単ではありません。しかし、何が「フェア」か?それを判断するヒントはあります。まずは商品に貼られたラベルだけでなく、それを扱っているフェアトレード団体の活動をしっかりと確認することです。 
 IFATの会議で改めて痛感したのは、ネパリ・バザーロ(以下ネパリ)のオリジナリティ、個性、そして徹底したこだわりです。会議参加者の多くは、単に生産者団体の商品カタログを通して、商品を購入するバイヤーでした。現地の協同組合にモニタリングを丸投げする多くの欧米バイヤーと違い、ネパリは生産者個人やその家族の家まで足を運び、親身になって話を聞きます。それは、生産者の生活を知り、本当に必要なことは何かを考えるためだけでなく、自らの仕事に対する厳しいチェックでもあり、商品の質の高さもこの徹底したこだわりと、生産者との絆に支えられているのでしょう。
 ネパリのオフィスを訪れて気づくことがあります。それは、スタッフの皆さんが、「生産者」という言葉を使わず、ちゃんと個人名で生産者を呼ぶということです。協同組合のカタログから商品を取り寄せるバイヤーの果たして何人が、生産者一人ひとりの名前を知っているでしょうか。今回、会議に参加して、ほとんどのバイヤーが英語以外の言語を使えないという事実には驚きました。現場で働く生産者の多くは英語が通じません。たとえ話せたとしても、彼らの言葉を喋らずに、どれだけ人間的なつながりを持つことができるのでしょうか。ネパリスタッフはネパール語で生産者と協働します。生産者との人間関係を何より大切にし、深く物事を見通そうとするネパリの姿勢がそこに見て取れます。貿易に血を通わす様々な神業が、見えないところで行われています。それを評価する力を、私たち消費者も持たなければなりません。
 今回、オリジナル商品の開発を報告した団体は、ネパリだけでした。紙布のような日本古来の伝統とネパールの製紙技術を結びつけた、極めてオリジナリティの高い商品開発は、チャレンジ精神以外にも、気の遠くなるような時間と努力を必要とします。紙布のプレゼンテーションは、会議参加者の誰をも感嘆させていました。
カタログ「ベルダ」は、その誌面の多くを現地からのレポートに割きます。その文字や写真から伝わる体温と鼓動。それはまさに生産者と私たちをつなぐ、フェアトレードの生命線なのです。
 現地レポートにちゃんと目を通して、私たち自身が生産者に想いを馳せる。フェアトレード団体の活動にもしっかりと目を向けることで、社会的責任を持った消費者となる。フェアトレードの行方は、カタログを手にする私たち一人ひとりの手にも委ねられているのです。




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