長坂寿久 拓殖大学国際学部教員 専門:国際関係論 世界のフェアトレード市場 昨2008年11月に『世界のフェアトレード:2007年』という報告書が発表されました(注1)。 これによると、2007年の世界のフェアトレード市場(小売販売額)は、前年比41%増の 26億5000万ユーロと報告されています。130円で換算すると約3500億円となります (但し、最近の円レートはもっと高いですが)。 また、欧州市場については、2000年から2004年の間は年率20%の伸びをみせていましたが、 2004年から2007年の間には年率30%で伸びてきているとのことです。 このように、フェアトレードは「世界で最も高い伸び率をみせている消費市場の一つ」であり、 「世界では今、フェアトレードブームが起きている」とこの報告書は述べています。 これに対し、日本のフェアトレード市場はどうでしょうか。残念ながら日本の市場規模は、 まだ調査が行われたことがないため分かっていません。また、上記の調査報告書の中では、 オーストラリア、ニュージーランド、日本の3国を「太平洋地域」として一括して扱っているため、 日本の市場規模は分かりません。 また、ワールドショップ(欧米ではフェアトレード専門店のことをこう呼んでいます)の数は、 ヨーロッパでは合計3,191店舗(2007年)となっています。ちなみに、ドイツ836店、 イタリア575店、オランダ426店、そしてイギリスは117店です。フェアトレードブームのヨーロッパ で、この数はいささか少ないのではと感じるかもしれません。私たちの研究会でインターネットから 補足した日本でのフェアトレードショップ数(スーパー等企業のチェーン店は除く)は、900店近く ありました。 欧州各国にはワールドショップのネットワーク組織があります。その会員の要件、つまり 「ワールドショップ」の定義は、イギリスではショップの売上額の80%以上がフェアトレード商品 であること(オランダは85%以上)です。しかも、残りの20%はフェアトレードに関する本や、 フィールド(生産者)を紹介する絵はがきや冊子などの販売で、実質100%フェアトレード専門店 なのです。もちろんこれ以外の主たる販路としてスーパーマーケット等でフェアトレード商品を 扱っており、その数(スーパー)は全欧で68,000店程となっています。これらスーパーでは ほとんどが認証商品(FLO)を扱っています。 フェアトレードは、開発途上国の立場の弱い生産者とパートナーシップを結ぶ先進国のフェア トレード輸入団体が輸入し、それを各地のフェアトレード専門の小売店である「ワールドショップ」 に卸し、販売するという方式から始まりました。しかし、このままではフェアトレードの普及には 限界があると考えるのは当然です。自分たちの商品が全国のスーパーの棚に並び、消費者がフェア トレード商品を日常の買い物の中で自由に選択できるような状況にするにはどうしたらいいのかと、 絞り出したアイディアが認証制度(FLO)の仕組みでした。 実際に、世界のフェアトレード市場は、FLOの「商品認証」制度の開発によって、企業が 取り扱い易くなったことから、急激に伸びてきました。その結果、現在の世界のフェアトレード 市場の90%がFLOの 認証商品が占めていると、この報告書は伝えています。FLO認証商品が 急拡大する一方、専門店の売上もそれに引きずられて伸びているのも確かで、専門店もフェア トレードブームの恩恵を受けているわけです。 スーパーなど企業による販売が増えることによってフェアトレード市場が拡大していくことは 結構なことですが、しかし問題を一つ感じます。企業はフェアトレードの理念や意義を消費者に 語りかけることに熱心になるとは思えないのです。これに対しフェアトレードの輸入団体と共に、 ショップ(ワールドショップ)こそ、フェアトレードの理念や意義を消費者に伝える最前線におり、 その役割はますます重要なものとなっていると思います。 日本のフェアトレード市場 日本の様子はどうでしょうか。日本のフェアトレード市場は依然極めて小さく、ブームからは まだまだほど遠いと感じます。ちなみに、FLO(国際フェアトレードラベル機構)が、FLO 認証商品の国別の一人当たり年間消費額の統計を出していますが、2007年では、スイスが 約2,500円、イギリス約1,400円などですが、日本はわずか6円程度で、先進国中最も かつ極端に低い国となっています(図1) 。しかしその日本でも、FLOの日本機関であるFLJ (フェアトレードラベル・ジャパン)の販売額(ライセンス額から推計)は、2007年は10億円ほどで、 2005年以降毎年30%ほどの大きな伸びをみせてはいます。 「フェアトレード」という言葉への人々の認知率も、欧米ではどの国でも80%以上ですが、日本 ではまだほとんどの人が知らない状態だといえるようです。チョコレボ実行委員会(注2)が インターネットを通して行った調査では、2007年初めに発表のものでは2.9%(出現率と表現して います)、そして約2年後の2008年末の調査では17.6%(認知率)と発表しています。 ショップ数も、欧米的な「ワールドショップ」の基準からすると日本にはいくつあるといえるか いささか不安になります。日本全国にすばらしいフェアトレード専門ショップがいくつかありますが、 やはり限定されるでしょう。900程のリストの多くは健康やエコなどを専門とする店がフェアトレード を少し扱っているといったケースが多いと思われます。 しかし他方、日本でも、最近はブームへの「兆し」あるいは「期待」が感じられるような気も します。企業によるフェアトレードへの取組みも少しずつ増えてきているようですし、フェア トレードを理解する新しい消費者意識の芽生えも感じるような気がします。メディアの報道も増えて います。若い世代(とくに学生たち)のフェアトレードへの関心が深まっていると感じられること、 そしてフェアトレードセミナーなどのイベントも増えてきています。これらが「兆し」の根拠です。 しかし実際にどの程度急速に伸びていくのか、その行方はいまだまったく見えていないのが実状です。 現在、(財)国際貿易投資研究所のフェアトレード研究会(ネパリ・バザーロにも参加して いただいています)において日本のフェアトレード市場規模について本格的な調査を行っています (注3)。ご協力いただいたショップや輸入団体、企業の皆様にお礼申し上げます。この調査の結果 は、5月末頃には公表したいと思っています。 (注1)オランダ外務省の助成で、オランダのワールドショップ協会が中心となって、フェアトレードの国際 ネットワーク組織4団体の協力を得て実施したもの。「世界」とは、欧州・北米・太平洋地域の先進消費 国33カ国で、太平洋は豪・ニュージーランド・日本が含まれている。 この調査報告書名は、『Fair Trade 2007: new facts and figures from an ongoing success story--- A report on Fair Trade in 33 consumer countries』by Jean-Marie Krier, A survey on behalf of DAWS Dutch Association of Worldshops, Nethrelands,2008で、DAWSやFINEのHPからダウンロードできる。 (注2)人と地球にやさしいチョコを広めたい、という想いを共有する人たちで構成された非営利の団体。 オフィシャルサイトやイベントを通じて情報を発信。 (注3)この調査は、(財)国際貿易投資研究所のフェアトレード研究会で行っているもので、日本で初めての 本格的なフェアトレード市場調査。調査票は、@ショップ向け、A輸入団体向け、B企業向け、 C認証団体(FLJ)向け、の4種があり、前3種の調査票は同研究所のホームページからもダウンロード できる。