ネパリ・バザーロで学んだこと 〜フェアトレードを超えて〜 文:小熊千里 写真左は小熊千里さん、手前左は丑久保完二。
フェアトレードとの出会いin沖縄  私とフェアトレードの出会いは5年程前、高校生の時でした。 春代さんと完二さんの沖縄でのセミナーに先生に連れられて参加しました。 お二人は、映像を交えながらネパールでの活動について講演されました。 私は中学生の頃から貧困問題に興味を持っていましたが、「結局は恵まれた立場にいる私に一体なにができ るのか」という絶望感と罪悪感に囚われ、悩んでいました。お二人の言葉、そしてそこから伝わってくる 情熱は、私の心を大きく揺さぶるものでした。「フェアトレード」こそ、私のようなちっぽけな存在でも 貢献できる方法だ!と確信したのをよく覚えています。 横浜の生活と大学でのフェアトレード活動  大学入学を期に横浜にやってきましたが、大学生活はまさにフェアトレード一色となりました。 ドイツへのスタディーツアーに始まり、キャンパス内で学生団体を立ち上げ、学外でも数々のイベントの 企画・運営に携わり、多くの人に知ってもらおうと奔走しました。はじめの頃はただがむしゃらに、そして 自信満々で活動をしていたのですが、フェアトレードに対する疑問や批判を投げかけられることが多くなり、 だんだんと不安が募るようになりました。 生産現場を実際に見て、作り手の皆さんの生の声を聞き、フェアトレードをしっかりと見つめ、有効性につ いて納得したうえで、自分の言葉で語れるようになりたい、と思うようになったのです。  このような若造の無謀な願いを快く受け入れてくれたのが、ネパリ・バザーロでした。 活動現場としてのネパール体験 完二さんの強力なサポートのもと、2007年夏、憧れのネパールへと飛びました。 SHSやシディマンさん、トゥリさん、サヌ・バイさんのところにも連れて行っていただきました。 訪問はほんの短い時間ではありましたが、皆さんの表情ややりとりから、長い年月を経て培った信頼関係が 見えた気がしました。また、マハグティのスニルさんとKTEのディリーさんを紹介していただき、その次 の夏とあわせて2回、両団体についてフィールドワークをさせていただきました。 印象深い農園滞在  どれも大変貴重な体験でしたが、なかでも印象に残っているのは、2年目に訪れたKTEの紅茶農園でした。 フィディム滞在は10日ほどでしたが、ネパールの山間地域での暮らしの大変さを、少しだけ垣間見ることがで きたと感じています。多くの家では、電気や水道の設備が整っておらず、あったとしてもいつ供給が途絶えるか 分かりません。道路も十分に整備されておらず、ほんの少し先に行くだけでもものすごく遠回りしなければなら ず、近くの市場に行くにも急斜面の足場の悪い道を歩くしかありません。このような環境のなかでは、ビジネス や産業を育てるにはあまりにも障害が多すぎます。 持続的な経済活動を成立させるのが非常に困難なだけでなく、最低限の生活を維持することもままなりません。 しかし「遠隔地」というこの地域の最大のハンデを、チャンスにしてみせたのがKTEでした。 もともとある自然の恵みを、新しい技術と組み合わせ、大きな市場価値を生み出し、その利益を積極的に地元住民 に提供していきました。 ネパリをはじめ、先進国の消費者や、神奈川総合高校の学生など、海の向こうの人々をもこの地域の問題解決の取 り組みに巻き込んでいったところも画期的なことでした。 このようにしてKTEは、地域産業の創出と活性化、人々の生活水準の向上に大きく貢献していました。 KTEのような理念やビジネスアプローチが広まれば、ネパールにおいて重要な社会変革が生まれる可能性もある のではないか、と希望を感じました。 フェアトレードを支える側の体験インターン生活  多くの発見と学びを得て、私は意気揚々と帰国し、再び自信満々に活動を進めていたのですが、完二さんからも らった言葉は意外なものでした。 「ネパールの現場をみることができましたね。今度は日本の現場を見なければね!」。 生産現場を見ることばかりに気を取られていた私にとって、それは新しい視点でした。  こうして、2009年の5月から8月まで、ネパリ・バザーロ事務所でのインターンという貴重な機会をいただ くことになったのです。 その日々は、驚きと感動の連続でした。悶々と考えさせられることも多くありました。 私の能力不足でもありますが、あまりにも濃密な経験だったため、ここで書きつくすことは到底できそうにあり ません。そのなかで、ネパリのものづくりのあり方について得た学びをいくつか紹介したいと思います。 そこで学んだこと(葛藤と試行錯誤、そして創意工夫の積み重ね) 日本の現場ネパリには、私の想像をはるかに超える、ダイナミズムときめ細やかさがありました。 ネパリの事務所では、信じられないほど膨大な仕事が行われています。 デザインの構想からサンプル作成、生産者とのやりとり、現地や日本でのトレーニング、発注、納入の管理など 商品開発に関わる仕事。在庫管理、倉庫の整備、受注、検品、発送作業など商品の配送に関わる仕事。 卸先や個人のお客様とのコミュニケーションや、販売促進キャンペーンの企画・実行など、営業に関わる仕事。 そして、これらの業務の管理を司るコンピューターシステムを自ら開発、管理し、常に改良を重ねています。 さらに、カタログの編集や校正、ホームページやネットショップ、直営店の管理、そして展示会やイベントなど の企画・運営などの仕事に加え、講演やインタビュー、取材の受入れなども加わります。 とてもここでリストアップできるような単純なプロセスではなく、一般的にひとつの会社が担う仕事量をはるかに 超えていました。よく、「ネパリは魔法をつかっているんじゃないか!」という言葉をフェアトレード業界の方々 から聞いていましたが、なるほど、と納得させられました。  驚かされるのは仕事量だけではありません。仕事の一つひとつに、ネパリのものづくりのあり方を実現しなけれ ばならないからこそ生まれる、様々な挑戦が付随しているのです。商品開発を例に挙げれば、単に素敵な商品を デザインすればいい、というわけではありません。それぞれの生産者の成長段階や能力を見極めながら、生産工程 の難易度や、全体の発注のバランスを決めなければなりません。お客様のニーズを反映しながら、ネパールで調達 可能な素材、実現可能な生産方法を最大限に活用したデザインを編み出さなければなりません。 商品の納入に関しても、生産者個々の状況や、ネパール国内の情勢など様々な予期しにくい理由から予定通りにい かないことがあります。開発、配送、営業に携わるそれぞれの部署が互いに連携しながら、臨機応変に対応しなけ ればなりません。生産者の皆さんの成長とお客様の期待に応えることの両方を大事にしながら、プロフェッショナ ルであり続けるネパリの仕事の裏には、葛藤と試行錯誤、そして創意工夫の積み重ねがある、ということを知りま した。 ものづくりの素晴らしさ  ネパリのものづくりの素晴らしさは、それを支えるお客様の姿勢や情熱にも表れていました。 ネパリのものづくりを取り巻く「つながり」の強さを感じさせられた出来事をいくつか紹介します。 毎日のように事務所に届き、蓄積される膨大なメッセージのなかから、カタログ「Verda」に掲載する「お客様の 声」を厳選するお手伝いをさせていただく機会がありました。 カジュアルなコメントもあれば、人生を揺るがすようなエピソードも寄せられます。 商品を賞賛し、ネパリの活動を激励する言葉をいただくことがほとんどですが、時には厳しいご意見もあります。 どのメッセージにも、お客様のネパリへの「愛」が、様々なかたちで表現されていて、なかなか作業が進まなか ったことをよく覚えています。  卸先に新商品を発表する「展示会」も、とても印象深い経験となりました。 日本各地、最も遠いところでは北海道のお店の方も来られました。 新商品のラインナップに注がれる皆さんのまなざしは真剣そのもので、お店にいらっしゃるお客様にきちんと紹介 できるようにと、すべての洋服を試着される方、体型の違うスタッフに試着を頼んで見比べる方など、その徹底 ぶりには驚かされました。 展示会ではデザインや素材についてだけでなく、商品開発の話も紹介され、様々な質問やコメントが飛び交いま した。多くの方はネパリと長くお付き合いされてきており、生産者についての知識や思い入れの深さが感じられ ました。そして、商品開発のストーリーをも、ネパリの商品の一部として捉え、大事にされている、ということ を強く感じました。 「フェアトレード」という言葉を超えたものづくりのあり方  ネパール訪問、そして日本でのインターン経験を通して得た、最も重要な学びは、ネパリのものづくりに関わ る人々の間にある「共に歩む」という決心と強い絆を実感できたことです。ネパールにおける地域の課題や、 社会的弱者の課題改善をミッションとしながら、同時に、日本のお客様の期待に応え、付加価値のある商品づくり をするということは、ネパリにとっても、生産者の皆さんにとっても、大変に困難なことです。 それでも、葛藤しながらも、二人三脚で商品開発や、福祉プログラムを進めています。 このような両者の関係性が、日本のお店の方々や、個人のお客様の心を惹きつけ、お客様とネパリ、お客様と作り 手との間に力強いつながりを生み出しているように感じました。こうして生まれるお客様の温かいサポートと 愛情が、先に述べたネパリと生産者の皆さんとの歩みを支えている、そんな「フェアトレード」という言葉を超え たものづくりのあり方が見えてきました。  イベントへの参加や、直営店での接客といった機会もいただき、お客様とのふれあいで喜びや達成感を得ると 同時に、「フェアトレード」という言葉では表しきれないネパリのものづくりの意義を伝える難しさも体験しま した。けれども、こういった奥深さがあるからこそ、ずっと寄り添っていただけるお客様がたくさんいるのだと いうことも実感しました。 これからも、ネパリのものづくりのあり方を見つめながら、自分の言葉で語り、周りに伝えていくことで、 「共感」を超えた「協働」の輪の広がりに貢献していければ、と考えています。
ネパリ・バザーロの事務所で作業する小熊さん(左)

戻る