生産者を訪ねて スタンプ職人シディマンさんを通してみる活動の歴史


タイムスリップをしたような古い町並みがカトマンズの中心、ニューロードの外れダルバール広場にあります。その町並みの裏手に、スタンプ職人シディマンさんのお宅があります。細く高く建てられたレンガの家並の一角です。
 そのシディマンさんとのお付き合いは、このフェアトレードの活動と同じ10年前に遡ります。この周辺は、ネワール族特有の伝統的な家が立ち並び、細い路地が曲がりくねっていて、初めての訪問者にはわかりにくい場所です。慣れたスタッフが訪問する時でも久々だとわからなくなることがあります。
 人通りの向こうにシディマンさんが見えました。はにかんだような笑顔で一言「ナマステ」、懐かしい笑顔です。

  蛍光灯がついて明るくなった!
 シディマンさんの家は1階部分がトイレ、2階に仕事部屋、3階に子どもと夫婦の部屋があります。頭も肩もぶつかってしまいそうなはしごのような階段を上がって、シディマンさんの仕事場へおじゃまします。
 お付き合いを始めた頃は仕事部屋に照明が無く、日が暮れたり、天気の悪い日はあまり長い時間スタンプを彫ることはできませんでした。それが、蛍光灯が一つ、そして、明るい蛍光灯が手元に一つ、背中側にも一つ、と年々改善されているのがわかります。その照明のお陰で私たちは夜遅くまでシディマンさんのご家族とお話をすることができました。

 スタンプ彫りは好き、でも仕事がない
 約30年前に、ネパール政府機関(ネパール・ハンディクラフト・アソシエイション)が提供した仕事作りのプロジェクトで1年間木彫りの技術トレーニングを受けました。その後、技術を習得して仕事を始めましたが、ゴム印が主流となり、なかなか仕事がまわって来ない日々でした。しかし、家族を養わなければなりません。そんな時、シディマンさんの友人がシディマンさんと私たちネパリ・バザーロをひき合わせてくれたのです。
 その子どもたち、上のお嬢さんは、今やカレッジの2年生です。年々歳を取るお父さんを少しでも楽させたいと思い、一生懸命勉強しました。教科書も十分に買う余裕はないので、図書館にあるものはそこで借りるなどして工面しています。昨年は、成績優秀者として学費も1年間だけですが無料でした。今年は、学費を工面するために働きに出ようとしましたが、カレッジを卒業しているでもなく、働いた経験もないと、それは大変難しく、彼女も、年々、仕事を得ることの厳しさを学び始めています。

 スタンプを彫る道具は自分で作ります。細かい図柄、細い線や太く力強い線、様々な図案にあわせて、数十本の色々なノミや刀があります。由緒ある道具に見えましたが、良く見ると、どこかで見たことがあります。私たちの生活の中で良くお世話になっている物。初めはなんだかわかりませんでしたが、それは傘の骨を自分で加工して作り上げた道具です。傘の骨で作った刀と木切れを木槌の代わりにして、器用に彫っていきます。目の前で繰り広げられる職人芸は、まるで魔術師のようです。
 スタンプを彫る材料となる木は、近くの家具木工所から木片を買ってきます。ネワール語でハルと呼ばれるその木は硬く、彫るのは体力のいる仕事です。やさしい彼の顔からはちょっと想像つかない「ごっつい手」をしているのは、長年の職人生活の賜物でしょう。
 特殊な紙に図案を写し、木の上に貼り、水を含んだ布で押さえると紙の部分がとけて、木には図案のインクだけが残ります。大まかなアウトラインから細部へと彫り進みます。見ているだけで息がつまり、肩が凝りそうな作業です。

製作したスタンプはどこへ行くのか?
 シディマンさんが受けるオーダーの半分がネパール国内のローカルマーケット向けでした。残り半分が外国向け。ただし安定して継続的にオーダーが入るのは、始めた当時でもネパリ・バザーロのオーダーだけでした。ここ数年、旧型の印刷機も減り経済情勢も大変悪かったので、私達ネパリ・バザーロのオーダーしかありません。最近はメガネを掛けて仕事をするシディマンさん。簡単な図柄で一日7個〜10個、難しいものになると一日5個が限度の細かい仕事です。ネパリの継続的な仕事は彼にとって非常に重要な仕事なのです。私達も、その伝統的な手仕事を継続していけるよう、日夜、アイデア会議を開いたりしながら海の向こうに想いを馳せています。

「こぶろしき」は、支援のアイデア

 昨年の秋冬号から販売を始めたこぶろしきは、スタンプの仕事を増やすために考えたものです。干支の羊や季節の植物、可愛い動物たちの絵柄スタンプを使って、この「こぶろしき」をお好きな模様に染めて作ってもらおう、というものでした。
 結果は、スタンプが売れたというよりも、「こぶろしき」が売れてしまいました。草木染めで、このお値段。そう、値段も超お買い得になっていたからでしょう。今年は、更にグレードアップしたアイデアが盛り込まれています。

私達のお付き合いの姿勢
 ネパリ・バザーロが扱う様々な手作りの品の全てに生産者の生活の物語が込められています。彼らの栽培、製作したものを継続的に輸入し、販売することで、彼らの自立した生活を応援するフェアトレード。私たちネパリ・バザーロは生産者の人々の生活がフェアトレードによってどう変わっていったのか、どういう影響を及ぼしているのか、いつも確かめ、話し合いながら一番良い道を模索し進んでいきたいと思っています。お付き合いしている団体のサイズにこだわるのも、生産者一人一人の生活を見つめていきたいからです。
 職人であるシディマンさんはなんのフィルターもかからない、本当の意味での顔の見えるお付き合いをしている一人の生産者なのです。


新しいスタンプの使い方を求めて スタッフからひとこと 入澤崇
 太い右腕に、もう何年も使っている木の棒をもって、勢いよくコンコンコンと振り下ろすシディマンさん。噂の傘の骨と自転車のフォークを磨いて作った何種類もの「のみ」を使いこなします。昨年伺った時は、今年の干支、羊を彫っていました。細かい柄なのに、いとも簡単に彫っていくように見えます。熟練の技。目の前の小さな小窓から差し込む光で、仕事します。写真を見て想像するよりもずっと狭い作業場、でも、そこは他の誰も代わりに入れない「聖域」です。
 最近、日本では、露天でもその場で名前などを彫る木版があったりと、その手作り感が見直されてきているようです。更に、焼き物の模様付けに木版が適していること、Tシャツやハンカチにスタンプを押して柄をつくるなど、シディマンさんのスタンプの新しい使い方を考えています。そのスタンプをTシャツの柄として押す新しい使い方も今回は消費者の皆様に提案していくことになりました。そのために、新作の「パンダ」柄も今回考案しましたが、衣服に押してオリジナルな作品作りをしていると、会ったこともない彼にとても親しみを持つことができそうです。
 衣類のように毎年デザインががらっと変わるわけではないスタンプ。シンプルなデザインの温かみのある、どこか懐かしい木の判子。そこにどんな付加価値をつけて紹介していくかが今後の課題でもあります。

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