ネパールの小学校滞在記 

春山 洋子


朝礼は9時50分からなのに、9時になるともう早い生徒たちが元気に駆け込んでくる。
「Goodmorning Mom!」「Goodmorning Sir!」。静かだった校庭に、親や兄姉に手を引かれて次々と子どもたちがやってくる。お母さんと別れるのがつらくて泣いている子は、1つしかないブランコに最優先で乗せてもらい、笑顔になる。――今日も学校の一日が始まる。

去年の2月から今年の2月までの1年間、仕事を辞めてネパールで暮らした。ネパールと関わりはじめて10年、いつも心の隣国としての熱い思いはあれどその実態は掴みにくく、これから長いおつきあいを続けていくためにも今一度内側から見てみたいと思ったのだ。
単身ネパールに入り、友人の紹介でカトマンズ市内の小さな小学校の一部屋を借りて、一人暮らしを始める。部屋にガス台とプロパンガスを入れて自炊。バス、トイレは共用。一人といっても、上の階には校長先生家族(校長先生といっても30才の青年)と、寄宿している8人の子ども達が住み、いつもにぎやかな声が聞えてくる。

<カトマンズの私立小学校>
現在ネパールでは、公立(政府の)学校の場合5年生まで学費は無料である。ところがカトマンズではやたらと私立の学校を見かける。生徒過剰で先生の少ない公立学校より上の教育レベルを約束する私立学校が教育ビジネスとして入り込んできたようだ。その結果学費を払っても我が子を私立の学校に行かせたいという親が現在カトマンズでは多くなっている。
この学校もそんな私立小学校の一つだ。95年に創立され、今年が2年目。学年は年少から3年生までの6クラス、生徒数は50名。先生は校長を含めて7名。
小学生の子どもを持つ地元に住む一人の親と他の学校で働いていた一人の先生(現在の校長先生)が共同でこの学校を始めた。その親は、我が子にいい教育を与えるために自分で学校を作ってしまったのだ。
しかし学校がいたるところにあるカトマンズでは生徒獲得競争は厳しく、現在の経営状態はよくない。学費は月大体200Rs(約400円)。月に10,000Rs(約20,000円)の収入から先生達の給料と家賃を引くと、赤字になってしまう。来年以降生徒を増やしていきたい、と言う校長先生は私には困った状況も言わず、家賃も受け取らなかった。よりよい教育を目指し、また、教育指導の面でもしっかりした考えを持つ校長先生には好感が持てた。
通ってくる子どものほとんどは近くに住む子どもたちだ。私立に通わせるのだから余裕のある家庭が多いかと思えばそうでもなく、生活費を切りつめて学費をやりくりしている家庭がほとんどのようだ。毎月学費納入が遅れがちの家庭もいくつかある。

<英語が大事?ネパール語が大事?>
まだこの学校に住みはじめて日も浅いある日の朝礼で、校長先生から「1年生以上の生徒のネパール語会話禁止令」が出た。授業中はもちろん、休み時間でも英語で話さなければならないというのだ。
私は納得がいかず、校長先生に尋ねてみた。「親が高い学費を払ってここに通わせているのは英語が話せるようにするためだ。私たちはそれに応えなければいけないし、小さい頃から英語を使っていれば上手に話せるようになる」ということだった。
ネパールの公立(政府の)小学校では、すべての授業がネパール語で行われる。それに対しイングリッシュスクールとうたっている私立小学校では、ネパール語科目以外は英語で授業が行われる。カトマンズでの英語熱も高まっているのだ。
それにしてもネパール遊戯の「かごめかごめ」に似た遊びをやめ、英語の遊びを始めた子どもたちを見て、私の方が寂しさを感じてしまった。
ネパールの学校で暮らし先生たちと話す機会を得たことで、公立学校、私立学校といってもひとまとめにはできず、教育方針も経営状態も様々であることに今更ながら驚かされた。知れば知るほど複雑なネパールだからこそじっくり関わっていきたい。

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