特集:ネパールの職業訓練校 自立できる仕事に就くには・・・

魚谷 早苗


ネパールでは、大学を卒業しても職がない若者がたくさんいます。ちょっとした仕事の募集にも高学歴の人々が殺到してきます。私たちが活動する中で出会った人たちの中にも、政府による訓練プログラムですばらしい木彫りの技術を身につけたのに、それが仕事に結びつかず、日雇い仕事で暮らしている人がいました。あるプロジェクトでは、女性たちに縫製やクラフトを教え、製品を販売して活動資金にしていますが、外国に売れなくなり、受け入れる女性の数を減らしてしまいました。また、私たちが支援をしている子どもたちのホームも、年長の子たちは卒業後の進路を考える時期になっています。通っている公立校は私立校に比べてかなりレベルが落ちるといわれていますし、身よりのない彼らに親族のコネもありません。就職に結びつく訓練を今のうちに、と考えるのですが、ホームを運営するビシュヌさんすらどうしていいのか途方に暮れている状態です。
 自立していけるだけの職に就くには、それに見合った技術や知識が必要です。教育費にお金をかけられない貧しい若者たちは、どうやって訓練を受けることができるのでしょうか。どんな訓練を受けておけば、実際の就職に役に立つのでしょうか。私たちは、ネパールの職業訓練事情について調べてみることにしました。まだ、着手したばかりで不十分ですが、その一端をご紹介したいと思います。

<対象となる学生>
ネパールの職業訓練は「技術教育職業訓練審議会」という政府機関が、学校やプログラムの管理開発、訓練生の認定試験、技術指導員養成などを行っています。学校のタイプは様々ですが、多くは教育や就職の面で不利な立場にある若者向けで、訓練費や教材費は無料もしくは非常に安価に抑えられています。審議会や労働局が管轄している学校では月150から400ルピー(1ルピー=約2円)の奨学金が訓練生全員に与えられ、最低限の食事はまかなえるようになっています。
基礎的な技能レベルならば、5学年修了(小学校卒)または読み書きの能力があれば入学資格がありますが、技術者となるには10学年(高校卒業程度)を修了していなければなりません。

<訓練種目>
訓練校は、地方型と都市型に大きく分けられます。
地方型は、周辺地域から訓練生を集め、その地域の開発プログラム(地方の電化、機械化など)に必要な熟練労働力を育てることを目的とします。農業、家畜、建設、保健などの科目があります。
都市型は、全国各地から学生を募集し、政府や民間機関の工業や大規模開発プロジェクト(道路建設、水力発電など)のためのエンジニアリング(土木、機械、電気)に焦点を当てています。自動車機械、縫製、木工、印刷、製図、食品管理などのコースもあります。

<バラジュ技術訓練センター>
 訓練校の一例として、メンバーが訪問見学してきたバラジュ訓練センターをご紹介しましょう。
ここは、審議会が直轄運営する6校のうちの一つで、ネパール政府とスイス開発協力の合同プロジェクトで1962年に設立されました。カトマンズ南部の工場地帯にあり、近代的な指導器具や設備を持つネパール最高の技術専門学校と言えます。
訓練科目は機械・電気・配管の3種目で、10学年を修了した200名の訓練生が2年間学んでいます(ちなみに200名のうち7名が女性でした)。授業は実習訓練に力点が置かれています。校内には配線や配管を実際に行うことができる広い作業場があり、現場での指導を受けるためにネパール各地の様々な産業の研修訪問もしています。また、正規訓練の一部として飾りランプや手押し車など「売れる」製品を企画製作し、地域で販売する機会もあります。その収益をもとに、訓練生全員が修了時に道具一式を提供されます。この道具を使って、修了生はすぐに技能を発揮できると同時に、国中に最新の道具を紹介することにもなります。
卒業生の就職率は92%。審議会の雇用成功水準が82%ですから、かなりの好成績と言えます。卒業生も雇用者もセンターでの訓練内容に満足を感じているようです。

<卒業後の雇用状況>
バラジュ訓練センターの就職状況は優秀ですが、他の訓練校ではどうでしょうか。
同じく審議会直営で地方に設立された5校や労働局管轄の訓練センターを見ると、4人中2、3人が就職できているにすぎないところがほとんどで、科目によっては就職率25%のところや、半数近くの訓練生が就職までに卒業後1年以上を必要とした学校もあります。民間のある縫製訓練センターでは、毎年50名の訓練生を受け入れながら、就職した人はゼロという報告がされています。その理由は道具の不備による訓練不足だそうです。

<ネパールの雇用情勢>
ネパールは急速な人口増大に加えて、女性労働力の参入により、求職者が跳ね上がりました。しかし、労働力増加率は経済成長率とは一致せず、失業や不完全雇用の問題を生じ、貧困問題はさらに悪化しています。年々増加する労働力と、現存する失業者や不完全雇用者のために雇用の機会を創出することが、現在の最大の課題です。
一方で、ネパールの人的資源はせいぜい初歩の段階で、ほぼ全ての職業で中・上級レベルの技術者が不足するという矛盾が生じています。雇用者は文盲で未熟練の労働力に依存するか、外国人の熟練労働者を当てにせざるを得ず、ネパール人の就職の機会がさらに奪われてしまいます。失業した人々は、低賃金の非熟練工として海外への移住を余儀なくされています。
たくさんの技術訓練校がありながら技術者が不足し、熟練者が求められながら卒業後の失業率が高いのはなぜなのでしょうか。

<訓練校の問題>
学校のカリキュラムは、あらゆる職種での雇用者の労働力要求を調査し、今後10年の需要パターンを予測して決められます。しかし、実際には予測が体系的でないうえに不十分で、技能の職種は少数しか提供されていません。また、上級の専門技術を教えられる指導者の不足から、訓練は入門レベルが主となり、上級者の技能の強化向上には応じきれず、結果、雇用者には不満足な技術レベルの労働者を採用するしかなくなります。

<雇用者側の問題>
政府機関の開発計画がうまく行かない原因は技術労働者の不足にあります。しかしそれは技術者自体がいないだけでなく、募集の仕方にも問題はあります。必要な労働力の予測が適切に行われないため、募集内容決定が長引き、公募が遅れ、試験や選考も延期されてしまいます。結果、技術者の多くは職に就く前にやる気を失ってしまいます。募集内容自体が、労働市場の状況に合わないという場合もあります。
選考基準は、カーストや性別、宗教、出身で差別しない実力本位制が憲法で規定されていますが、実際には弱者が差別され、優秀な人が選抜されるとは限りません。
新しい知識や技術を得るために必要な採用後の研修も不足しています。上級の訓練プログラムの不足という訓練校側の問題もありますが、訓練が昇格や昇級に結びつかなかったり、研修に出してくれないという雇用者の無理解も少なくありません。
また、ネパールの基本給与は、近隣諸国と比較しても官民ともに低額です。生活費にも足りない給与は、数年ごとにベースアップされても物価上昇に追いつかず、実質的には年々低下していることになります。そのため技術者は副業を探し、肉体的・精神的疲労により両方の仕事で生産性が低下し、専門技能にも悪影響を及ぼしてしまうのです。

バラジュ訓練センターのパンフレットの表紙に、次のような言葉があります。

 “人に一匹の魚を与えれば、
その人は1日の食べ物が得られる。
  釣りの仕方を教えれば、
一生食べていくことができる”

一匹の魚(一過性の寄付)よりも釣り方(技術)を指導をしていくことは重要ですが、食べられる魚の釣り方(有用な技術)でなければなりませんし、食べ方(技術の生かし方)がわからないといけません。釣った魚を買ってくれる店(就職先)がないと、せっかくの魚も腐ってしまいます。

参考資料:
・「海外調査報告」(財)海外職業訓練協会
・各種職業訓練校パンフレット(バラジュ技術訓練センター・クンベシュワール技術学校・サノティミ技術学校)

資料協力:
チャンドラ・P・カチパティ氏
(サナ・ハスタカラ)

私たちの会では、ネパールの職業訓練についての調査を始めたばかりです。通信でご報告するには未熟なものだったかもしれません。しかし、職業訓練の状況は、ネパールの人々の職業的自立を願う私たちにとって非常に関連が深く、興味深いもので、今後も調査を続けていくつもりです。ご意見・アイデア・情報などお寄せください。

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