特集:ネパールの職業訓練校 その2 バラジュ訓練センターを訪れて

魚谷 早苗


前回の通信では、資料を読み漁って「ネパールの職業訓練校」の状況をレポートさせていただきました(前号をお読みでなくて、興味がおありの方はネパリ・バザーロまでお問い合わせください)。かなり分厚い資料を読んだおかげで、それまで皆目知識のなかった技術系の職業訓練校を通して見るネパール事情はなかなか興味深いものでした。それでも、所詮文字の上のこと、バラジュ技術訓練センター(BTTC)はネパールではトップレベルといえるようですが、実際の状況はどうなのか疑問が残りました。
この夏、短期間ながらネパールを訪問することになり、BTTCも訪れてみることにしました。幸い、日本から青年海外協力隊で派遣され働いている先生もいらっしゃるということで、日本との比較、外国人から見た客観的状況も聞けるのではないかと期待して出かけていきました。また、私たちが支援しているホームの子どもたちの進路の一つとして、という視点からも見てきたいと思いました。

<最近の変化>
BTTCはカトマンズの北西にあります。守衛さんのいる門を入ると4階建ての管理棟があり、その奥の中庭の向こうに2階建ての広い実習棟があります。ゆったりとした立派なたたずまいです。4階まであがって校長先生に挨拶をして協力隊の方を呼んでいただきました。以前メンバーが訪問したとき少しだけお会いした電気科の金尾さんは今年2月からの派遣ですが、その他に、5月から新しく機械科にも安田さんが入られていました。事前に送っておいた前号通信と訪問のお願いは、ネパールではありがちな事ながら届いてはいませんでした。海外職業訓練協会の報告書を前号の資料にしたことをお話すると、状況はいろいろ変わってきているということでした。
変化の第1は奨学金がなくなり学費がかかるようになったことです。月120ルピー(約250円)の学費は、日本では少額ですが、ネパールの、特に貧しい家庭ではかなりの負担となります。定職に就いていても月給が数千円相当の人が多いのですから。学校の予算不足から学費を徴収することになったようです。社会に出てすぐに技能を発揮できるよう、卒業時に道具一式を提供していた制度も予算の関係で廃止になってしまいました。
また、9割以上を誇っていた就職率は、最近落ちてきているようです。以前から来ていた航空会社や軍隊からの求人も減ってきているようです。大学の卒業生に求人が流れているとか…。原因はいろいろあるでしょうが、以前は3年だったコースが1992年から2年に変わったことも一因のようです。短縮の理由は分かりませんが、センターを運営している審議会が新しい訓練計画として取り決めた際、履修内容の質が落ちることはないと公表していたそうです。けれども、お二人が3年コースだったころの授業内容の記録を見ると現在の2年生の卒業レベルはやはり劣っていると言わざるを得ないそうです。

<狭き門>
それでも、毎年の入学希望者は多く、120名の定員に対し、450名の受験生が集まります。1番人気は電気科で、40名のクラスに250名が殺到するという狭き門です。電気科人気は日本でも同様だそうですが、家電メーカーへの就職希望者が多いこと、他の科に比べて女子学生が入りやすいことなどが理由のようです。カーストによる職業制限の範疇に入っていないことも影響しているかもしれません。さて、その狭き門の選考は試験と面接で行われます。過去の試験問題を見せていただきましたが、8ページほどの問題用紙に、知能検査的な問題(違う角度から見た同じ立体図を選ぶもの)、計算、図形、物理など理数系の問題が並んでいました。難しいのか、簡単なのか…私には判断しがたいのですが、いずれにしろ、この競争率を勝ち抜くには面接も含めて高得点を得ないと無理なのですから、いい学校だからホームの子どもたちにぜひ…と簡単には行かないようです。

<教育内容>
BTTCは、1962年にネパール政府とスイス開発協力の共同プロジェクトで設立されました。スイス開発協力は資金だけでなく専門家、管理者など数名の人材も派遣してきました(外国の援助に頼らず独立して運営していけるようにはならず、現在スイス開発協力は人の派遣を止め、資金援助のみになっています)。1982年に現在の新しい建物に移りましたが、校内設備の随所には、教育面でのスイスの細やかな配慮が感じられます。その第1は安全教育です。学生たちの使う作業所のあちこちには人工呼吸など救急処置の方法が図入りで掲示されています。以前からいるスタッフにはこうした安全教育の精神が根づいていて、スイスがいかにこのことを重要視していたかが判ります。機械科で溶接を学ぶ実習室は溶接時に出る有毒物質を吸わないように、作業台一つ一つの頭上にダクトが設置されています。日本では法令で義務づけられているこうした設備もネパールではなかなか見かけることはありません。大きな機械や電気を扱うこうした職種では安全の確保は非常に重要ですが、町工場などでは安全性が後回しにされてしまっているのが実状です。
実習には、旋盤などの数百万円相当の機械が並び、学生たちが製図どおりの寸法で金属を削っていました。機械はスイスの影響かドイツ製などヨーロッパのものが多く、中古を払い下げてもらって使っています。オートメーション化された日本の大工場では見かけませんが、日本でも町工場では試作品など少量だけ生産するときのために使っている汎用機械というタイプのものだそうです。もっと高度な先進的機械を入れたいという要求もあるようですが、ネパールの社会に出て実際使われている技術レベルや、「基本」を知っていることの必要性から、このレベルの実習が適しているというのが安田さんの意見でした。手作業での板金の成形は日本の工業高校ではほとんど行われなくなっていますが、ここでは長い時間をかけています。社会に出てからも必要性が一番高いのは手作業のレベルだからです。この時はレターケースを作っていました。出来上がったものは校内の事務用品として実際に使用します。実習で作成するものは、作って終わりではなく、実際に使用するのを基本とします。前回の原稿に書いた「売れる製品を企画製作し、地域に販売する」というのも、2年間の1カリキュラムにそうした授業があるのかと私は勘違いしてしまっていたのですが、実習で作成されるすべての課題が、校内で使うことができるものか販売できるものという視点で決められているのでした。製作実習にはかなりの材料費がかかりますから、使えないものを作っておしまいというわけには、予算上行かないのは確かです。電気科の金尾さんも、販売できる実習課題を考えるのに頭を悩ませているそうです。製品にならない使用済みの電気コードなどは、町工場に払い下げられます。実習のために短く切ってしまうので、工場にとっては使い勝手が悪く、安い値段で売ることになってしまいます。

<厳しい技術校運営>
BTTCでは授業の80%以上を実習に当てており、理論などの講義よりも重視しています。これは社会で実際の役に立つ技術を取得するためには非常に重要なことですが、実習が多いということは、高額な材料費を必要とするということを意味します。材料費にいくらかけられるかで、授業のレベルが決まるといっても過言ではありません。ネパールの技能訓練は機材と情報が不足しています。製図の授業は、日本のような立派な製図用デスクではなく、教室の長机に木の製図板を置いて実習していますが、それでもあるだけいいといえます。電気科の機械類の稼働率はわずか30%です。教師の力量不足で 「使えない」というのもありますし、半分以上が壊れてしまってもいます。それでも他校に比べると恵まれているといえるのだそうです。図書館も書棚数個分の蔵書量でしたが、専門書があり、毎日の新聞各紙も閲覧することができるのは、学生にとっては貴重な情報源です。
実習で作ったもの、使ったものはできる限り使用したり換金していますし、材料や工具に無駄や紛失がないよう、各科には倉庫管理者がいて、細かくチェックして学生に渡しています。そうして財源をやりくりしながら、職業訓練校の中ではトップレベルの教育を提供しているBTTCですが、機械や建物が老朽化してくれば日常にかかる以上の資金が要りますし、日々進歩する技術を取り入れ、教師自身が向上しつづけていけることも必要です。BTTCは、自立できる仕事を求める貧しい若者たちに質のよい教育を提供するために、ネパールの工業の発展を支える技術者を生み出していくために、そしてBTTCに続く他の技術訓練校に道を示すためにも、数々の期待と役割を背負っていると言えます。
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お忙しい中、見学や原稿のチェックにご協力くださった青年海外協力隊の金尾さん、安田さん、ありがとうございました。ご健康、ご活躍を心からお祈り申し上げます。

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