特集 ネパールの染色事情 -草木染めを通してみたネパール-    

西岡啓子/編集部


 私達が日頃扱うハンディクラフトにとって染めは重要な要素。現地では、これをどのように扱っているのでしょう。染色の範囲は広いですが、今回は天然のものに限定して、そこから生産者、そしてネパールの社会をみてみることにしました。現地で、生産者を訪ねて問題解決にご協力頂いた西岡さんのお話しを中心に、研究所と現場(実業界)で努力している人々の様子をお伝えします。

青年海外協力隊の活動を通じて 西岡啓子

 私は青年海外協力隊<以下JOCVと略>、職種・染色として、大学の研究所で植物染料の染色方法の指導、研究アシスタントの役目をすることを目的に、1997年7月から2年間、ネパールの首都カトマンズに派遣されていました。

◆派遣先
派遣先はキルティプール(カトマンズ市内からバスで40分程)にあるトリブバン大学内の適応科学研究所(Research Center for Applied Science and Technology <通称 RECAST>)。
 この研究所の目的は、主に自然素材、自然エネルギーを利用することにあります。染色研究室の他には食品加工、建築素材、ソーラーシステム、植物研究室、植物油研究室、等があります。スタッフは総勢100人程で、研究員、助手、作業員、事務員等です。時に学生も出入りして自分の研究をしています。
設立して22-23年になります。染色研究室は設立当時、繊維研究室だったらしく、主に植物繊維(麻)の研究を行っていました。現在は植物染料について研究しています。チーフはラクシュミー・マッラさん。ここで植物染料を研究して10年ぐらいになる人です。(大学では化学を専攻していて、その後、研究所に入るまでは大学のキャンパスで化学の講師をされていました。)
 約6年ほど前に、当時ここの研究員だった、ビナ・シュレスタさんと一緒にネパールの染色に使用出来る植物について調査し、本を出版しています。(染色の関連資料の項参照)
 本の出版当時はカトマンズの郊外や地方の数箇所で染色トレーニングも行っていたという事です。5、6年前からは植物の色素を取り出す研究を行うようになり現在も続けられています。

◆色素研究と発色実験
 研究所では植物から色素を抽出し、保存可能で染料として使用できるものを作る研究が行われていました。主に茜の根を対象に実験されていました。私が派遣される前には色素をそのまま損ねないで得るために、いろいろな実験データを残して研究をされていたようです。本来、ネパールの茜の根からは、ビビットカラーの強い赤を染める事ができます。私の役は今まで研究所で作ったパウダー染料を使用して、染色条件を探るテスト(基礎染色方法の指導)を行うことでした。パウダー染料から染めたウールはきれいなオレンジ色。しかし、本来の赤みを製造過程に失ってしまう事が研究員の悩みどころでした。パウダー染料にこの赤色を得ることが、最終的には出来たのですが、あくまでこれはテスト段階のレベルであって、実用的なものを製造するには、まだまだ難しいところです。
 ネパールの植物染料は今までは主にカーペット用のウールに染められていました。最近は麻や綿、紙に染める需要も増えています。研究室ではずっとウールの糸染めが中心で他の素材に染める事は殆どなかったので、他の素材の染色、新しい技法の指導も行いました。植物染料の染まりにくい綿布を中心に絞り染め、ろうけつ染、ブロックプリント等を行ってみました。堅い研究内容ばかりでなく、実用的なものを、そして、染色の面白さ、植物染料の持つ魅力、可能性を伝えたかったからです。

◆研究所と実業界の交流について
 「研究所で行った研究結果は、その後どうなるの?」こういう質問をよくされるし、私自身の最初に考えさせられた事でした。例えば本の出版などを行えば、一般の人に公開する機会になります。また、トレーニングを行えば、新しい技術を伝える事になります。しかし、実際は費用不足の問題でこれらを実行する事はなかなか出来ません。やる気のある研究員は進んで学会に参加して発表したりして、他にアピールしていきますが、これはもう、研究員の個人差の問題です。研究所と実業界との交流はどちらかの強いアピールがないと難しいのです。もし、実業界側が自社の開発と利益のためにだけに研究所を利用するとなると問題になるので、安易に個人的な交流をつくる事も出来ません。政府関連機関とプライベート企業の壁を越すのはなかなか難しいものがあります。
最近は植物染料を使ったものの輸出品の需要も増えているので、実業界の染色技術レベルの方が意外と高いかもしれません。ただ、化学薬品使用の危険性から考えて、やはり研究所と実業界の協力があってほしいものです。

◆実業界でお会いした人々とその印象
 赴任当時でネパールの状況が飲み込めてなかった私には、とても辛い仕事の日々でしたが、そこで励まされたのが実業界で出会ったサラダさんやラダさん達でした。
 染織を始め、工芸品の製作販売に携わる人々は相手の輸出国のニーズに合わせるために、ネパールのバザールでは見られない新しいデザイン、品質の良いものの開発を目指して努力していました。働きながら相手国の語学を習得しようと仕事時間外に語学学校に通ったり、個人的に染色実験を行いながら、工場の経営をしていたり・・・。ネパール人は仕事をしない、とよくいいますが、(実際そういう人もいますが)熱心に働いている人もいるのだ!!と見直しました。なかなか、チャンスの得にくいネパールで向上心を持ってがんばる事は、相当な気力がいる事と思います。そういう人たちに出会うたびに、とても励まされました。時間の許すかぎり他で染色の仕事をしている人たちの問題点を持ち帰って、研究室でリサーチする努力をしました。この出張リサーチが後半の自分の素になって行きました。さらに後にラクシュミーさんの染色に対する興味を引くきっかけにもなっていったのです。この2年間、こうして、無事(?)仕事を終える事ができたのは、いろんな人に出会い、支えられてきたからだと思います。

ラクシュミ・マッラ(Laxmi Malla)さん
           に伺いました (編集部)
◆植物染料との出会いは?
 大学で化学を専攻し、卒業後、トリブバン大学で4年間、学生に化学を教えていました。その後、トリブバン大学調査研究所(Tribhuvan Research Center)へ移り、主に調査研究を行いました。1981年より植物染料の調査研究にかかわるようになり、様々な文化の背景の調査や、羊毛、綿、シルク、ヘンプ、アローなどの素材に対して100種を越す染め方の研究などを行いました。

◆特に注目して行った研究は?
 植物染料は、季節や素材により色が変化したり手に入らなかったりして供給が不安定です。そこで、色素を抽出して粉末をつくり、いつでも使用できたら便利であるし、色の変化も少なくてすむので、この色素抽出に注目して研究して来ました。

◆外部との交流
 絞り染めでは、FTGN(Fair Trade Group in Nepal)注1)に所属しているマヌシが日本へサンプルを出す時に大学の方で実験とサンプルの製作を行いました。その他、WEAN注2)などとも情報交換をしています。

◆これからもっとしたいことは?
現状の研究の完成度を高めることと、新しい色素抽出に注力したいと思います。

ラダ・クリシュナ・ダウバデルさん
(Radha Krishna Dhaubhadel)
         に伺いました (編集部)
◆植物染料との出会いは?
 17年前に大学を卒業して、4年間、Department of Resourcesで働きました。そこで、植物染料の調査を始めました。その後、BCP注3)で4年間働きました。BCPでは、直接、現在の仕事とは関係していませんでしたが、その後、草木染めの要求の高まりと合わせて相談を受けることが多くなり、この仕事を始めるきっかけとなりました。以来、現在の仕事(Eco Craft Nepal)へと繋がりました。

◆何故、植物染料なのですか?
 環境にやさしく、また、ネパールの森には、染料の素が沢山あります。更に、村人の仕事にもなります。また、食用でないフルーツであれば、ただ森の中で消耗するより有効に使った方が良いと思います。

◆染料の素になるのは、どのくらいですか?
 現在、13種類(No.1から13)の染料の素を使っています。

◆外部との交流
実践的な技術を学びたいと、最近では、大学から学生が来たり、こちらから大学へ調査に行くこともあります。FTGNとの情報交換もしています。

◆ネパリ・バザーロの商品は?
アロー・ベストとアロー・クッションを染めています。

注1)FTGN(Fair Trade Group in Nepal)
  ネパールのハンディクラフトを扱う9フェアトレード団体(詳細通信15号参照)
注2)WEAN (Women Entrepreneurs Association of Nepal)ネパール女性起業家協会
注3) BCP(Bhaktapur Craft Printers)手漉きの紙を生産するフェアトレード団体


染色の技術向上トレーニング

ネパールのフェアトレードグループ FTGN(注1)
昨年10月3日より8日間に渡り、カトマンズのマヌシ(FTGNのメンバー)工房にて、技術と品質の向上を目指した染めの技術講習会が、FTGNのメンバーを対象に実施されました。そこでは、色むらをなくすにはどうするかを中心に、染め方の工夫、コストパフォーマンスを考えた染め方など、実践的なプログラムが実施されました。和気あいあい、仲良く話合う雰囲気が漂っていました。


染色の歴史

ネパール染色の歴史
ネパールにおける天然染色には、長い歴史がある。
布や毛糸を染めて織物を作る時、また、タンカなどの仏教画やマンダラ、僧院の彩色などの際に天然染料は用いられ、それは今でも鮮やかな色を残している。その天然染料には、少なからぬ数の植物が染料として伝統的に使われてきた。
14世紀頃より、染色をするカーストは、カトマンズにいるネワール人達の中で「チパ(Chippah)」と呼ばれ、認識されてきた。
18世紀には、ネパールに自生する植物がネパールの豊かな染色に生かされていることが発見された。中でも、染料としてよく知られている茜は、古い資料にも記録され、リンブー族が茜と塩を物々交換していたこともわかった。
最近では、クンブ地方のシェルパ族が多種の植物染料(特に茜を用いたもの)を少なとも1940年代まで用いていたことがわかったが、1953年からは山間部にも化学染料が急速に広まった。化学染料は、価格が安く使用方法も容易であり、村の人々にとってはいろいろな色を染めるための多様な植物を集める時間の短縮にもなった。
しかしながら、経済状況は変化し、現代の人々の嗜好はより自然的で環境にやさしいものを好むようになった。今の時代は、その土地に根ざした原料を利用して伝統的技術を再生したものを要求してきている。それに応えるかたちで現在のネパールでも天然染料を使った染色が見直されている。


染色の関連資料

1) ネパールの植物染料
The Natural Dyes of NEPAL by Laxmi Malla 1993
RECAST,Tribuvan University
(主な染料を使用してウールの染色方法を紹介したもの)
182種類の天然素材とその色の目安をまとめ、且つ、32種類の
  天然素材と各種媒染剤との組み合わせによる色抽出のデータと
  その色見本161種類をまとめている。

2) ネパールで採取される植物染料
(ネパールの染料に使用できる植物を紹介したもの)
DYE-YIELDING PLANTS OF NEPAL by Bina Shrestha 1994
RECAST,Tribuvan University

3) ネパールの薬草
(ネパールで採取される薬草をまとめたもの。植物染料を知るのに便利)
Medicinal Plants of NEPAL
(Bulletion of Department of Medicinal Plants No.3)
His Majestry's Goverment Ministry of Forests and
soil conservation Department of Plant Resources


染色の媒染剤と染め工程(ラダさんの工房から)

◆材料と媒染剤との比率
材料に対して1%-2%の媒染剤を使用。アルミニウムは良く使用する。銅は、極力最小限に押さえている。

◆媒染剤としては、アルミニウム、鉄、銅、クロムを使用している。但し、クロムは環境にきついので、極力使用していない。消費者が鮮明な色を要求する場合だけ使用。

◆製作工程(例:アローの布地をグリーンに染める場合)
1)染める生地を入れる容器を2種類準備する。
2)1番目の釜に水を入れ、沸騰させる。
3)そこへ、媒染剤の鉄と、染める布地を入れる。
4)その後、1時間半煮る。
5)そこで煮た布地を取り出し、別に用意した沸騰したお湯の入った釜に、その布地と染料(黄色の植物染料と藍)を加え、再び1時間半煮る。


 廃液の処理

 ハンディクラフトに染めはなくてはならないものの一つです。でも、その染料の使用後の処理は気になります。小さな生産者の場合、極力、廃液が残らないように努め、捨てる場合には、穴を掘って処理しているというのが実情のようです。ネパールのフェアトレード・グループの一つ、ACPでは、海外からの支援、特に、デンマークの技術サポートを受けて、廃液処理施設を作りました。100%の完全な処理とは行きませんが、80%までクリーンになるそうです。小さな生産者も、共同でこのようなことができないものかと考えさせられました。
(廃液処理については、その改善を目的に更に調査をすすめる予定です。)


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