特集 レプチャの絵本作りを通して―教育とフェアトレードの接点―

編集部:早苗

東ネパールのイラム地域に住むレプチャという民族に伝わる民話を絵本にした「大空へのみち」が完成しました。ネパール人女性、サパナさんが、レプチャの家庭に滞在し聞き取った民話です。1年半ほど前に始めた「レプチャ・プロジェクト」にようやく絵本発行というひとつ目の果実が実りました。

◆サパナさんとの偶然の出会い
  現地で働く女性たちの多くは英語が話せません。彼女達と交流を深めるには、ネパール語を話さなければなりません。そこで、現地に滞在する度に、ホテルでプライベートレッスンを受けようと、代表の土屋春代は女性のネパール語の先生をけんめいに探しました。その結果お会いした先生がサパナさんでした。

◆教育は大切、でも何もできない!
 (フェアトレードとの出会いから共同作業へ)

 教育を専門とするサパナさんが卒論研究の時に訪れたのが、レプチャの民族が暮らす村でした。レプチャの子ども達は、学力が低いので、その原因を探り、改善をしたかったのです。でも、結果は、経済的要因が大変大きな部分を占めていて、その解決なくして改善は考えられない状況でした。なにもできない、でも一時的なお金をあげる行為は絶対にまずいと思っていました。何もできない自分に唯一できること、それは、この状況を心ある人々に伝えることでした。
 お互いに自分のしていることを話し合う内に、フェアトレードという活動を知り、これなら、その村の厳しい生活をする人々の改善に力を貸すことができるかもしれないとサパナさんは確信しました。そして、フェアトレードを目指す私たちと教育を専門とする彼女との共同作業が始まったのです。

◆イラムのフィッカル地域におけるレプチャの教育状況についての考察(サパナさんの卒論から)
 イラムはネパールの中でも発展した地域です。気候がよく水も豊富で、道路も整備され、インドやイギリスの文化的影響にも恵まれ、教育も行き届いています。
 紅茶を始め様々な換金作物も収穫されています。そんな中で、レプチャのほとんどの家族は、貧しい暮らしをしています。日々の生活費のために土地を売り払い、条件の悪いやせた土地へ移住してしまいました。急斜面の畑では1 年分の食料は収穫できず、換金作物を作り始める余裕もありません。学力が低く、世慣れないレプチャは給与仕事にも就けず貧困から抜け出せずにいます。教育意識の高い地域なので、レプチャの親も教育の重要性は知っていて、ほとんどの子どもがいったんは学校に入ります。でも、大方が途中で辞めてしまいます。
 それは何故か、就学率の低さが改善されない原因を探りました。家から学校までの距離は近く、雨季でも道は良く、退学理由にはなりません。
●中途退学の理由は、
・各家庭の収入が少ない(学費は無料だが、貧しいレプチャの家庭は教科書代や制服代を払えない。店に並ぶ商品を買えないことで、クラスメイトに対し劣等感を持つ。)
・子どもの家事労働(畑仕事や家畜の世話を求められ、家で勉強できない。勉強不足で落ちこぼれる)
・学歴のない親の影響(親は、勉強の手伝いやアドバイスができない。入学さえさせれば学校に無関心。教師を怖れ相談もできない)
・ネパール全体の経済状況の厳しさ(大卒の失業者の増加が親の教育への価値観を低め、子どもを学業怠慢にする)
などが主なものでした。
 親の経済状況が、子どもの就学に大きく影響していることが分かります。たとえ子どもが優秀でも、親が教育の必要性を強く感じていても、経済基盤が弱いと些細なことで状況がどんどん悪化し、教育の機会を奪い、人としてのプライドも壊してしまいます。
<ラム君の事例>
 小学3年生のラム君はクラスで1番の賢い生徒。両親と二人の子どもという家庭。父親は珍しく8年生まで学校に通った。母親は、女性開発事務所の融資を受けて牛を飼い、ミルクを売り始めた。4 人家族には十分な収入で、暮らしも良くなり始めていた。
 ラム君が6年生の時、母親が病気になった。家族は治療費のため持ち物を売り、借金もしたが、治療の甲斐なく母親は死に、山のような借金が残った。ラム君は、その時学校を辞めた。 まもなく父親は再婚し、今は子どもが6人になり、最年長のラム君は、たった13 歳で家族のために働かなければならなかった。
 家族には、15,000 ルピー(約25,000 円)の借金がある。財産は灌漑設備のない急斜面の畑と1 頭の牛。畑からは家族の3ヶ月分の食料しか採れない。生活費を稼げる大人は父親だけ。子どもの世話に追われる母親は、家でもできる編物の技術を持つが、材料を買うお金が工面できずせっかくの技術を生かせない。
 ラム君は借金を返すために、金貸しのところで働き、時にはアムリソ(箒を作る草)やかいばを売っている。朝6時に起きて、かいばを集める。10 時頃朝食をとり、畑で父親を手伝い、村に賃金労働があればそれをするが、大人並に働けないので労賃は半分。6時頃家に戻り、学校から帰宅した友達と遊び、9時頃ベッドに入る。
 ラム君の弟の一人は、彼のように賢かったが、ラム君と共に学校を辞めた。もう一人は、まだ村の学校で勉強している。学校は無料だが、寄付金と試験料、制服、本、文房具など、少なくとも年間1,400 ルピー(約2,400 円)が必要。成績の良い彼は学校の計らいで、寄付金も試験料も免除され、本は友達と共有し、教師は書き取りのために紙と鉛筆を与えた。それで彼は何とか学校に通っていられた。
 ある時、息子のサンダルが壊れ、裸足では学校に行かないと泣く彼に父親は新しいサンダルを買ってやれなかった。教育を受けていた両親は教育の重要性は十分感じていたが、裸足で友達といることがどんなに恥ずかしいかも分かるので、無理に学校へ行かせることができなかった。彼は学校を辞める以外に、どんな方法があったのだろう?

◆絵本つくりを通して
 サパナさんは、調査研究するだけの学者にはなりたくない、協力してくれた人たちの状況改善に結びつく実践をしなければ、と強く感じています。聞き取った民話を絵本にすることは、貧しい少数民族の子ども達に誇りを持ってもらうきっかけにもなるし、子ども向けの絵本の少ないネパールのためにもなると考えました。更に、良書が1冊でも増えることは、識字教育を終えた人々が読む適切な本が少ない現状では素晴らしいことです。
 私たちは、レプチャに伝わる民話をこれから少しずつ絵本にしていく予定です。絵本作りによってレプチャの味わい深い文化をネパールや日本に紹介するだけではなく、活動を通した地域研究により、経済的に不利なレプチャの人たちの状況をより深く知り、フェアトレードを通して彼らの生活向上へつなげていこうと考えています。

◆サパナさん来日
 10 月から11 月にかけて、サパナさんを日本にお招きします。東北、関東、九州と、日本各地を訪れ、様々な活動をしている方たちや学校関係者の方々と共に、ネパールの現状、教育の重要性、私たちがすべきこと、フェアトレードの役割・・・たくさんの思いを語り合い、サパナさんと私たちの今後の活動に生かしていきたいと思っています。そして、国際理解教育への一助、女性の自立という面でも豊かな社会への創造という面でも前進があることを願っています。

目次に戻り