「スタッフとして日々感じること」   

             入澤崇


 ガリガリガリ、四方をしっかりと釘で止められた木箱を鉄のバールで解体します。
 それが私のネパリ・バザーロでの初仕事でした。木箱のふたを開けると、ネパールのカンチャンジャンガからカトマンズを経由して、はるばる飛行機で運ばれてきた紅茶のティーバックが姿をあらわしました。ひとつひとつカウント、検品しながら別の箱に詰めていきます。どんなところで、どんな人たちによって作られているのだろう、そんなことを考えながら。
 それから約半年、日々、紅茶農園に行ったスタッフの話を聞いたり、写真をみたりし、だんだんと紅茶ひとつに対する考えが変わってきました。そして今年の2月、紅茶農園(KTE)マネージャーのディリー・バスコタさんが来日され、彼が真剣にネパールの人々の未来を思い、広い視野で考えていることに感動しました。と同時に、自分の選んだ仕事の責任の重さをひしひしと感じました。単純かもしれませんが、今の自分にとっての最大の使命は「この紅茶を売る」ということでした。一枚の写真があります。それは紅茶農園で働く女性の家で、子どもが大きな瞳でこちらを見ています。踏ん張りどころになると、それを思い出し自分を奮い立たせます。その子がどんなことを考えているかわかりませんが、「こっちも頑張るよ」と勝手に思いながら。
 学生時代、バックパックでアジアや中米を旅し、そこでめぐり合ったいくつかの出会いの中で、漠然と「仕事つくりのための貿易」をしたいと思っていたとき、ある人の紹介で代表の土屋春代に出会い、フェアトレードという活動を知りました。3年間の会社勤めの傍ら、神戸のフェアトレードショップのボランティアに参加し、フェアトレードを知る、広めるための勉強会やイベントをしてきました。しかし活動をすればするほど、現場を知りたいという欲求が高まり、自分の言葉でフェアトレードを説明できない自分に不満を持っていました。そんな時、幸運にも声がかかりフェアトレードの世界へ飛び込む決心をしたのです。
 入った頃はフェアトレードを概念としてしか捉えていませんでした。日々の仕事の中で少しずつ、もっと奥深い多面的なことだと感じ始めました。例えば、へナの袋詰めや、カレーのパッケージ詰め、紅茶クッキー作りなどを地域の作業所にお願いしています。へナ詰めからカレー詰めに切り替わったとき、「○○さん、カレーはどうですか?」と訪ねると「簡単、簡単!」と胸を張ります。目の前で検品するとそれを真剣なまなざしで見つめます。そこにはフェアな関係が成り立っていると思います。利益や効率のみを重視した社会では取り残されてしまう立場にある人々に目を向けて、社会の輪の中に入ってきてもらう、お互いを尊重できる関係を作る、それが本当のフェアなのかなと思います。今まで知的障害を持つ方との接点がまったくなかった私にとって、このような経験はとても大切に感じています。
 今、私は女性に囲まれて仕事をしています。お客様も9割方女性です。それまでは学生時代は体育会系、以前の勤め先も男性社会でした。ジェンダーという言葉は知っていても、それを経験から考えることは出来ず、頭だけで考えていました。親戚の集まりがあった時、女性が料理の支度をし、台所から遠い方に男性が集まって酒を飲む、この光景になんのためらいも感じませんでした。しかし日々職場の女性たちと話をする中で、「嫌だった」というのを聞き、それに気付かなかった自分にショックでした。「女性の自立がテーマです」と堂々と言っていたのが恥ずかしくなりました。ネパールでは、この「伝統」がもっと顕著だと言います。そんな中、堂々と「ブレイク・ザ・トラディション」を実践しようとしている生産者の方々に会って、お話が聞きたいと思っています。このテーマは私にとってまだまだ経験不足ですが、それを感じ取りにくい立場にある男性に伝える方法を見つけることは、男性の私は合っているかもしれません。
 フェアトレードは最後まで責任を持つことだと思います。ネパリ・バザーロが10年間かけて生産者を見守り続け、決して見捨てなかったということを仕事をしていて感じます。日々、商品を検品し出荷するのですが、あるときその検品で発生した不良品をほっぽらかしにしていました。直せば出荷できるものを忙しさにまかせてそのままにしていたのです。先輩から「最後まで責任を持たないで何がフェアトレードなのか」と言われ、責任を持つことの難しさを感じました。頭でわかっていても、実践は大変だ、これが現場なのかと。
 励みになるのが、お客様の存在です。ネパールの状況が芳しくない今、色々な形で励まして頂いています。「ワンピース素敵でした、ありがとう」とか「遅くまでご苦労様」とかそんな一言がスタッフの励ましになっています。あるとき結婚式の引き出物でミティーラのお茶碗をお買い上げ頂いた方が、「結婚式で私(新郎)がフェアトレードとミティーラの説明を出席者にしました、色々教えてくれて有難う」とお電話頂きました。少しずつでも顔の見える関係を作っていきたいと思っています。
 以前住んでいた神戸を離れるとき、もらった色紙の中に「傷つきやすい心は人類の宝物」と言う言葉がありました。私はまだまだ、その心をわかってあげることが下手ですが、フェアトレードをする者として、うわべではない優しさを持ちたいと思っています。

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