《コーヒー村 シリンゲ ネパール9-10日目》

先日のコーヒー村グルミ訪問を経て、30日と31日は、シリンゲを訪問しました。天候に恵まれた晴天で、村訪問の途中からもヒマラヤ山脈が美しく輝いていました。訪問の目的は、ネパール大震災からの復興の進み具合を確認して、今後の対応を考えるためが第一です。
被災の影響が一番大きく、又、大地震以前から生活が厳しかった高地に住むタマン民族の村を中心に見て回りました。
復興は、予想通りに進んでいて、それぞれの懐と相談しながら、近隣の人々と協力して進めていました。基礎まで出来たご家族、壁も完成した所、電気は、まだ来ていないものの、屋根まで完成した方など、進み具合も様々です。
道路からほど遠い場所が多く、街に近いか、幹線道路に近い所と違い、セメントを運ぶにも人力で一苦労です。そこで、多くの家がをセメントを基礎に、柱に近い部分はセメントですが、その他は、石と土を積み上げて造っています。
写真に写っている幼い女の子アニサちゃんご家族は、コーヒーをグリーンビーンベースで100kg造ってくれたご家族で、めでたく家が完成。電気がまだ来ていないのでソーラーで電球1本の生活です。近くを流れる川の水を使って近隣で管理する電気を引く予定で、訪問した時は、その管理のための委員会にお父さんは出席で不在でした。タマンの家々は、人里離れた所が多く、伺った日は、道を広げる工事が始まっていました。
経済的に厳しい生産者の協同組合なので、日々の生活に追われ、なかなか仕組みがしかっり出来ずにいましたが、つい先日、メンバー全員が集まり、会計から改善しよう、そのために、ユブラジ君に組合から5000ルピーを出して再整理してもらうことが決まりました。ユブラジ君は、ネパール大地震の際に家畜をかなり失い、家も崩れてしまったために、心臓を患ったお母さんと、病気持ちで働けないお父さんにトタンの粗末な小屋を造り、自らは、残った牛と山羊の小屋で今日まで暮らしています。
その後、お母さんの看護と亡くなるまでの面倒もみていたので、現金収入がなく、お父さんの薬を買うにも厳しい生活を強いられて来ました。ようやく落ち着き、国際レベルの有機証明を取得した際の内部検査官と同様の活動も開始することが出来るところまで来ました。ネパールのコーヒーは、毎年価格が上がり、市場がなくなることを心配して、その対策も考えています。ようやく、村人が平常心を取り戻し、前向きになって来ています。ここまで支えてくれている皆様に感謝したい、その気持ちが励みにもなっていると感じた訪問となりました。

 

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