第12号−2
もくじ
◆通信が変わりました
◆とっても、近くなったネパール!
◆生産者を訪ねて
◆チルドレンズ・ホーム滞在記
◆ネワール族の文化
◆ご寄付ありがとうございました
◆編集後記
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◆生産者を訪ねて
〜その1〜 サラダさんの不思議バッグはどうやってうまれたの?
土屋春代
いま大ヒットしている手織り厚地木綿の袋物、名付けて“サラダさんの不思議バッグ”を製作している“コットンクラフト”をご紹介します。
1993年にサラダ・ラジカルニカルさんが自宅で一人で始めた、木綿のスリッパや袋物・エプロンなどを作る工房です。その丁寧な仕事ぶりが認められて少しずつ販路が広がり、就業の機会の少ない女性たちに職場を作りたいと思っていたサラダさんは一人また一人と働く女性を増やし、庭に作業場を作りました。そして彼女たちに仕事を教える傍ら、マーケットを見つける営業に力を入れました。日本を販売先として考え、バイヤーを探していた彼女はいくつかのフェアトレード団体も出店していた95年秋の見本市にサナ・ハスタカラのチャンドラさんに誘われて出かけていた私を見て何を買うかとても興味深く見ていた そうです。たまたま彼女の製品を買ったのに意を強くして日本向け新製品を開発しました。以前に一週間だけ滞在した印象を元にファスナーで大きさの変わる手提げ袋をデザインしました。今年1月サナを通して製品を検討してほしいと申し込まれ、そのバッグを見てすぐれたアイデア、きれいで丁寧な仕上げにただちに仕入れを決めました。2月末に届いたバッグは予想以上に売れ行きがよくアッという間に無くなり、驚くやら喜ぶやら。すぐ追加注文をし4月に訪ネしていた時早速サラダさんの工房を訪ねました。
そこでは5人の若い女性が忙しそうにミシンを踏んだり布を裁断したり・・・。私は100枚の袋を作るのに 1ヶ月掛かった前回の様子で、サラダさん1人か、せいぜい手伝いの人と2人ぐらいで作っているのだろうと思っていたので5人も働いていたのに驚きました。でも質問していく内に今回のネパリ・バザーロの注文で急遽2人増やしたと伺い更に驚きました。そんなに増やして大丈夫かしら、ネパリ・バザーロのオーダーが続けばよいが・・・と責任の重さからついつい弱気になってしまいましたが、ところが今回9月に伺うとまたまた増え6人の19〜20歳の若い女性がきびきびと働いていたのでした。日本での状況の説明、お客様の反応、1ヶ月の発注量の目安、コットンクラフトの課題など、今後の打ち合わせをしま した。政府や民間の職業訓練センターで技術を身につけ職場を求めている女性はたくさんいること、コットンクラフトのための1ヶ月の特別訓練をした後カッティング・縫製・仕上げと仕事を分け、決まった製品を作ることは簡単だが、新製品を開発したり、マーケットを見つけることはとても難しく、力を貸してほしいと頼まれました。確かにそれは日本でも苦労する部分です。次回1月に行く時までにいくつかのデザインを考えていく宿題をもらってしまいました。でもそれは苦しいけれど楽しい仕事でもあるのですが。 目次へ
◆チルドレンズ・ホーム滞在記
魚谷早苗
この夏、12日間の夏休みを利用してカトマンズを訪れてきました。今回の旅は他のメンバーは同行しない初めての一人旅で、メインはビシュヌさんのモーニング・スター・チルドレンズ・ホームでした。これまでも訪ネの度にホームを訪ねてはいましたが、いつも時間に追われて数時間お邪魔するだけで、子どもたちの名前もろくに覚えられなかったり、ホームの暮らしの様子もなかなか知る機会がなかったり・・・。今回はビシュヌさんにわがままを言ってネパール滞在中ずっとホームに泊まらせてもらい、子どもたちと寝食を共にすることにしました。・・・といっても、一人旅と言いながら高校2年生のH君が出発 数日前に突然旅の道連れとしてホームステイをご一緒することになったのですが・・。
まず、ホームの1日をご紹介しましょう。 36人の子どもたちが暮らすホームというと、時間をきっちり区切った規律正しい「施設」生活を想像されることも多いようですが、ビシュヌさんのホームには鐘も号令もありません。「施設」と呼ぶには抵抗を感じる、たまたま人数の多い大家族といった感じで子どもたちはゆったりした時間の中に暮らしています。(個人的な話ですが、私は障害者の入所施設で働いたことがあります。日中だけの活動の場ならともかく夜も過ごす「生活の場」ですから、いわゆる「施設」っぽさをなくし、できるだけ普通の家庭に近い暮らしを目指したいと考えながらも「日課表」「時間を区切るチャイム」「響きわたる職員の指示の声 」等からなかなか抜け出せないものでした)
5時半頃、外が明るくなってくると子どもたちが少しずつ起き出してきます。お茶を1杯飲んだ後、歯を磨いたり、自分の服の洗濯をしたり、髪を洗ったり・・・掃除やご飯の支度も、誰に言われるまでもなく自分から時間を見つけて手際よくやっています。 7時を過ぎるとホールで朝のお祈りが始まり(ビシュヌさんの家族はクリスチャンです)、8時半頃朝食になります。ホームの食事は朝夕2回で(お昼はビスケット程度の軽食です)、メニューはどちらもご飯と野菜カレーと豆のスープと決まっています。使う野菜や豆の種類は日毎に変わります。私は日中あちこちに出かけて外で食事をする機会も多かったので、飽きもせず帰る日までおいしくいただきましたが、H君はホームで食事をとることが多かったので数日でギブアップ、喉を通らなくなってしまいました。ネパールの人は飽きないのかなとも思いますが、日本でも味噌汁の具が変わると毎日でも飽きないので すから同じなのでしょうね。学校には9時半頃出発します。近くの3つの学校に通っているので、彼らの着る制服も3通りです。子どもたちが元気に出かけていくと、ホームはシンと寂しくなりますが、昼を過ぎると小さい子から戻ってきて3時頃にはまた家中が賑やかに戻ります。ビシュヌさんも10時から午後1時まではタメルのクリニックを開けて、ストリートチルドレンのケアをしています。繁華街で暮らす子どもたちがいつも何人か訪れては、傷の手当をしてもらったり、絵を描いたり、字を習ったり、遊んだりしているのですが、頼る者のいない彼らにとっては唯一の避難場所なのです。
さて、学校から戻った子どもたちは、近所の子も交えて日が暮れるまで賑やかに遊んでいます。小さな布のボールを使って、ほころびからはみ出す綿を中に押し込みながらサッカーをしたり、小石でおはじきやお手玉のような遊びをしたり・・・素朴な道具で工夫しながら楽しんでいます。伺ってすぐの1週間はちょうど学校が試験期間でしたので、その時には子どもたちは寸暇を惜しむように熱心に勉強していました。同じ学年の子同士で教え合ったり、年長(18歳)のアルジュン君やプレム君の周りに何人かが集まって教えてもらったり・・・。特にSLC(高校卒業検定試験のようなもの)合格を目指すアルジュン君は、朝も夕もいつ見ても勉強をしているというくらい熱心です。医者になりたいという夢を実現するために本当に頑張っているようです。試験は来年の1月にあるのですが、彼の努力が実るよう心から願っています。 さて、日も暮れて7時近くなると夕食です。メニューはもちろん野菜カレーと豆のスープ。金曜か土曜の夕食だけ肉のカレーになりますが水牛の肉は固くてアゴが筋肉痛になりそうでした。7時半頃には夜のお祈りが始まります。全員集まるのを待つのも兼ねて何曲か賛美歌を歌います。明るいメロディーに振りをつけて楽しそうに歌う子どもたちの張りのある声はとても美しく感動的でした。ビシュヌさんのお話はネパール語なので私には何を言っているのかわからないのですが、ぼんやり聞いていると急に私やメンバーの名前が出てきて、子どもたちも私の方を見ていたりして、慌てて背筋を伸ばしてよく聞くと、世界の平和と共に私たちのことも祈ってくださっているようです。ビシュヌさんから頂くお手紙によく「皆様の幸せを毎日祈っています」と書いてあるのですが、こうして私たちのことを思い出してくれているんだなとありがたく感じました。
お祈りが終わると小さい子どもたちは眠る時間です。大きい子たちは勉強をしたり、テレビを見たりしています。アンテナを微妙に調整しながらの写りの悪い白黒テレビですが、音楽やドラマが皆大好きです。妻のムナさんもお気に入りのドラマが始まるとテレビの前に座って憩いのひとときのようです。私も毎日見ていたわけではないのですが、CNNで日本が頻繁に紹介されていて驚きました。ゆりかもめから見た東京湾岸の風景、線路に石を置くカラス、和菓子、リサイクルとゴミの分別などなど。ネパールに着いた翌日、ビシュヌさんがH君に「日本の若者が沢山自殺しているのはなぜか?」と質問しH君は返事 に窮していましたが、日本の情報は遠くのネパールに思いの外沢山入ってきているようでした。・・・そうしてテレビを楽しむうちに子どもたちは少しずつ部屋へ去っていき、10時には消灯して1日が終わるのでした。 何人かの子どもたちの近況もお知らせしましょう。
結婚してインドへ行ったリタちゃんは元気に暮らしているようです。ビシュヌさんと頻繁に手紙のやりとりもしていますが、7月にはビシュヌさん本人が訪ねていきました。バスを乗り継いだり故障で1日待たされたりして、片道4日もかかる長旅をしましたが、リタちゃん夫婦の住む街はカトマンズによく似た雰囲気で、そこで仲良く暮らしていたそうです。私の滞在中に「今朝初めて電話があった」とビシュヌさんが嬉しそうに教えてくれたこともありました。幸せそうで私たちもホッとしました。 ホームのアイドルは、前号でもお伝えした赤ちゃん、ウジャール君です。今年の2月に生後2週間で引き取られてからすくすく育ち、丸々としたウジャール君を子どもたちは僕も私も、と奪い合うようにあやしています。引き取られた頃のやせ細った姿を思うと、このホームに来て本当に良かったと思います。そうは言っても36人もの子どもたちの中に生後6ヶ月の乳飲み子がいるということの苦労は並大抵ではなく、夜中に2、3回は起きて泣き出すのをあやし、風邪をひいて一晩中ぐずっていた夜はビシュヌさんは一睡もできませんでした。去年大病をしたムナさんの健康もすぐれず、めまいや頭痛に悩まされていて 、休む暇のない毎日でご夫婦が無理をしすぎていることが気になりました。 11日間ホームに泊まらせていただき、子どもたちの暮らしぶりを身近に感じることができました。遠い日本に暮らし頻繁には会うことのできない私たちに子どもたちも少しは親近感を持ってくれるようになったと思います。日本に帰る夜は、子どもたちとお別れするのが寂しくて、すっかりブルーな気分になってしまうほどでしたが、こうしてできるだけ時間を一緒に過ごし、交流を図ることで今後のよりよい関係につなげていければと思います。
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