《こちらがルディロです ! ネパール9-10日目》

チウリの大木の根本にルディロが繁っていました!開花の季節は4月頃なのでまだ蕾でしたが、ほのかに紫がかっていました。花は小さく繊細で、葉っぱはとても良い香りがしました。ジャングルにたくましく咲いていました。
ルディロからも美味しいはちみつが採れます。養蜂は、環境を守り生き物・自然と共生し、村人の収入につながる森の産業です。

 

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《チトワンのはちみつの村へ ネパール9-10日目》

 完二さんはシリンゲ村へ。私たちはカトマンズから車で6時間走り、チトワンのバハラプールに到着。そこからガタガタ道を2時間走った奥地の村を訪ねました。チェパン民族の方々が暮らす村です。ちょうど、村人たちが協力してはちみつを収穫していました!!
蜜源はチウリの花。大木に白い花がたくさん咲いていました。ネパール原生の木なので、初めて見て感動でした。チェパン族の方々は、チウリの木をとても大事にされています。崖っぷちに根を張り、大木になります。崖崩れを防いでくれて、花からは蜜がとれ、実は甘くて美味しいフルーツに、種からは良質なオイルがとれて、とても丈夫な幹は建材に。村のいたるところに大木がそびえたっていて、村人たちをゆったりと見守っているようでした。木に近づくと「ぶーーーーん」とたくさんの蜂の羽音が響いていました。蜂の合唱のようでした。
写真の赤いショールの女性はサニタ・マヤ・チェパンさん(27)。家畜の世話や自家用のとうもろこしの栽培など家の仕事を手伝ってきて、学校に行ったことはありません。2年ほど前に兄から養蜂を学び、今は30の巣箱を持っています。「これから学校に行くわ!遅いなんてことはないでしょ」と笑顔のサニタさん。養蜂を始めて自分で稼ぐことができるようになって、大きく変わったといいます。マハラクシュミさんに「養蜂のトレーニングも受けて、技術をしっかり学びたい。読み書きでないけど大丈夫かしら」と相談していました。「大丈夫、いつでもサポートするから。マーケットのことも心配しなくていい。採れた分は全部買い取るから、養蜂に専念して一生懸命頑張りなさい!」とマハラクシュミさんは背中を押していました。
私たちのはちみつは、養蜂の専門家マハラクシュミさんを通して届いています。生産者に実際にお会いして話を聞くと、私たちの役割と目的を再認識すると同時に、大きな大きな責任を感じます。

今年も頑張らないと!
2019年もどうぞよろしくお願いいたします!

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《コーヒー村 シリンゲ ネパール9-10日目》

先日のコーヒー村グルミ訪問を経て、30日と31日は、シリンゲを訪問しました。天候に恵まれた晴天で、村訪問の途中からもヒマラヤ山脈が美しく輝いていました。訪問の目的は、ネパール大震災からの復興の進み具合を確認して、今後の対応を考えるためが第一です。
被災の影響が一番大きく、又、大地震以前から生活が厳しかった高地に住むタマン民族の村を中心に見て回りました。
復興は、予想通りに進んでいて、それぞれの懐と相談しながら、近隣の人々と協力して進めていました。基礎まで出来たご家族、壁も完成した所、電気は、まだ来ていないものの、屋根まで完成した方など、進み具合も様々です。
道路からほど遠い場所が多く、街に近いか、幹線道路に近い所と違い、セメントを運ぶにも人力で一苦労です。そこで、多くの家がをセメントを基礎に、柱に近い部分はセメントですが、その他は、石と土を積み上げて造っています。
写真に写っている幼い女の子アニサちゃんご家族は、コーヒーをグリーンビーンベースで100kg造ってくれたご家族で、めでたく家が完成。電気がまだ来ていないのでソーラーで電球1本の生活です。近くを流れる川の水を使って近隣で管理する電気を引く予定で、訪問した時は、その管理のための委員会にお父さんは出席で不在でした。タマンの家々は、人里離れた所が多く、伺った日は、道を広げる工事が始まっていました。
経済的に厳しい生産者の協同組合なので、日々の生活に追われ、なかなか仕組みがしかっり出来ずにいましたが、つい先日、メンバー全員が集まり、会計から改善しよう、そのために、ユブラジ君に組合から5000ルピーを出して再整理してもらうことが決まりました。ユブラジ君は、ネパール大地震の際に家畜をかなり失い、家も崩れてしまったために、心臓を患ったお母さんと、病気持ちで働けないお父さんにトタンの粗末な小屋を造り、自らは、残った牛と山羊の小屋で今日まで暮らしています。
その後、お母さんの看護と亡くなるまでの面倒もみていたので、現金収入がなく、お父さんの薬を買うにも厳しい生活を強いられて来ました。ようやく落ち着き、国際レベルの有機証明を取得した際の内部検査官と同様の活動も開始することが出来るところまで来ました。ネパールのコーヒーは、毎年価格が上がり、市場がなくなることを心配して、その対策も考えています。ようやく、村人が平常心を取り戻し、前向きになって来ています。ここまで支えてくれている皆様に感謝したい、その気持ちが励みにもなっていると感じた訪問となりました。

 

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《スワボーダケンドラ ネパール7日目》

親がいない子どもや、生活が厳しく自力では育てられない子どもたち、17人が共に暮らすホームです。
みんな歌や躍りが大好き!!子どもたちのパワーはすごい!!心にストレートに伝わってきます。圧倒されっぱなしでした。
皆様からのご支援で、屋根がようやく整備されました。支援を記した看板まで作ってくださっていました。感謝の気持ちがいたるところから伝わってきます。
いつもご支援くださる皆様、ありがとうございます!
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《キサン奨学生のホームビジット ネパール7日目》

サビタ・キサンさん(22)のご自宅を訪ねました。生活が厳しく、9歳頃からようやく学校に通い始めましたが、途中通えない時期もありました。何とか卒業し、自力でカレッジに進学しようとしたところ、友人からネパリの奨学金のことを聞いて連絡をくれました。今は私たちの奨学金で教育を学んでいます。

お父さんは病気で働けず、貧しいため病院にも行っていません。お兄さんは1年前に病気で亡くなられました。お兄さんも、病院に行けなかったそうです。

わずかな土地は、元々ジャングルだったところを祖父の代に開墾したものです。自分の土地ではないので、何かあったら立ち退かなければなりません。 竹を編んだ壁でとても簡素な家で、特に雨季は衛生状態が劣悪だろうと思います。

父のデムナさん、母のバビンさん、亡くなった兄の妻スニタさんと息子2人の6人で暮らしています。スニタさんの仕事と、サビタさんのアルバイト、そしてキサン民族の生活向上のために政府から出るわずかなサポートが収入源です。

私たちの奨学金の現地コーディネーター・バラットさんは、奨学生の中で一番厳しい生活環境だといいます。(さらに厳しいため学力が追い付かず、進学を諦めざるを得なかった女性はいます) しっかり学んで仕事を得て、貧困の連鎖から脱して欲しいと願います。

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《キサンファンデーションへ ネパール7日目》

タライ平野のインド国境付近で暮らす、少数民族・キサンの人々。ネパール全土でわずか1750人。支援を始めた当初はトイレもないのが普通でした。
キサンファンデーションでは、若者たち自身が中心となり、生活向上のために活動しています。私たちは、奨学金支援を中心に設備投資などの支援をしてきました。
今回は15人ほどの奨学生の女性たちが集まってくださいました。皆口を揃えて、この奨学金がなかったら進学できるなんて考えたこともなかったといいます。
生活が厳しく、学業に専念できないため学力が伸びず、また身近にモデルがいないため、将来どのような選択肢があるか真剣に考えられないのが現実ですが、そんな中で准看護コースに進んだギタさんとディーパさん。6ヶ月の実地研修と試験を終えて、今は結果待ちです。「手術に立ちあい、傷口を縫ったりしました。最初はとても大変でしたが、半年で経験を重ね、少しずつできるようになりました」と。皆の視線が、一気に尊敬の眼差しに。経験を積んで、どんどん成長してるなあと嬉しくなりました。
「自分のことだけ考えるのではなく、後に続く若者たちに道を拓きなさい」という先輩のビムさん。皆真剣にきいていました。

 

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《奨学生のモニタリング ネパール7日目》

奨学生のモニタリングのため、東ネパールのインド国境の街ビルタモードへ。
まずはニルマラさんが働く病院に行きました。奨学金で学んだ後、病院でボランティアとして働き、認められてスタッフになってから5年がたちます。たくさんいる兄弟の面倒をみるため、1日2シフト頑張って働いてきました。努力が認められ、実力もついて、今は新人を指導する役割だそうです。1シフトは現場をマネージし、1シフトは自ら看護にあたたっています。
カンチャンジャンガの麓の街、フィディムからさらに奥地の村で育ったニルマラさん。幼い時に病院で働くナースに憧れたそうです。今は村で暮らす家族や親戚、知人から、体調が悪いと電話がかかってくるそうです。アドバイスして、皆の役に立てるようになったことが嬉しいとおしゃっていました。
仕事を通して自信がつき、堂々と輝いている様子はとても誇らしかったです。働く女性のモデルとして、奨学生にとっても貴重な存在です。

弟のラジャン君は、コンピューターサイエンスを学んだ後、ラジオ局で働き始めて3年、ようやく会いに来ることができました。14時から19時まではラジオ放送中のコンピューターや音量調整などを任されています。その他の時間は外に出て、ニュースを探したり原稿を作ったりしているそうです。まだ幼かったラジャン君が立派な青年になっていて、嬉しいびっくりでした。

さらに弟の二ディナット君は、獣医学を学び、今は獣医として村々を回っているそうです。3年たつそうです。

奨学金がなかったら、まず進学できなかった若者たち。貴重なチャンスを必死の努力で自らつかみ、後に続く若者たちに道を拓いてくれました。

皆様にご支援を頂き蒔いた種が、確実に芽を出しています!!本当にありがとうございます!

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《コーヒー産地グルミ訪問 ネパール5&6日目》

 完二さんは約10年振り(訪問回数は15回程)、私たちは初めてのグルミ訪問。10年前よりはずいぶん道が整備され時間も短縮されたとはいえ、村に行く道はどこも超超ラフロード。改めて、私たちの日々の仕事、そして毎日飲んでいるコーヒーがこんな奥地から届き、つながっているんだと思うと感動でした。

3ヶ所の農家さんを回りましたが、道すがら「Kanji !!」とたくさんの方々が嬉しそうに声をかけてこられました。再訪をとても喜んでくださり、昔話に花が咲きました。皆さんコーヒー栽培に誇りをもち、協同組合と信頼関係がしっかりしていて感心しました。現場を歩き回り、協同組合と農家さんをつなぐ人材がしっかり育っていて、嬉しく思いました。

グルミ協同組合のオーガニック証明取得をサポートし、2000年にネパール初となる取得に成功したので、協同組合のメンバーは、「ネパリのおかげで今のネパールのコーヒー産業がある。ネパリに教えてもらったことを他の村々に教えて、ネパールコーヒーが広っていった」「グルミ協同組合として、一番最初のネパリとの縁はこれからもずっと大事にしたい」とおっしゃってくださいました。

どんな時もご愛飲くださり、買い支えてくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

<グルミ物語コーヒーはこちらから♪>
http://www.verda.bz/?pid=128820388
<コーヒークッキーも美味しい!と喜んでくださいました!>
http://www.verda.bz/?pid=2929081

ちなみに…
コーヒーのフルーツである赤いチェリー、初めて食べてみました。赤い外皮と種(コーヒー豆)の間にあるぬめりが、ほのかに甘くて美味しかったです(*^^*) コーヒー産地だからこそ味わえるフレッシュチェリーです (^^)

 

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《ネパール4日目 グルミへ》

これから向います

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《西ネパール、グルミに到着! ネパール4日目》

カトマンズから飛行機で30分のバイラワ空港からガタガタ道を車で走ること約6時間、タンセン、リディを通り、グルミの中心地タムガスまで来ました。
グルミ協同組合のコーヒー加工センターで、豆の選別をしている女性たち、コーヒー生産者の村人たちにお会いしました。完二さんは10年振りの訪問です。皆さんよく覚えてくださっていて、再会を喜び合いました!今日は1日村を回ります!

 

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