竹かご職人トゥリさんの村に行き、被害の状況を見ました。カトマンズ中心部から1時間程の郊外です。都市部と比較すると、住めなくなった家の割合は多いのですが、手近な素材で避難小屋を作っていたり、2階建を平屋にして住めるように修理を始めるなど、たくましさに感動しました。
しかし、それはこの地域では犠牲者が一人も出なかったからの復旧の素早さなのかと感じました。
シリンゲ村も、トゥリさんの村も、テントで生活していらっしゃる方がまだまだ多く、雨期の前にもう少ししっかりした仮住まいに移れるようにしないと、せっかく大地震で助かった命を危険にさらしてしまいます。
シディマンさんご一家はお元気でした。細い路地が入り組んだ一角に家があり、梯子で上り下りするような狭くて細い建物なので、壊れてしまったのではないかと心配していていました。ほっとしました。奥さんのミナさんは、大地震の時の様子、東日本大震災の時にネパリの皆が大丈夫か、どれほど心配したかなど興奮してお話ししていらっしゃいました。息子のサイレンドラさんは友達と協力して服を集め、バクタプールに届けに行かれたそうです。
それから、古くからの友人サパナさんの図書館に行きました。「揺れで本棚が倒れ、本が散乱したくらいで、大した被害じゃないわ。テレビをつけると凄い様子が映し出されるから恐いので見ないようにしているけれど、この図書館の被害なんて取るに足りないわ」と、一見元気そうでしたが。
サパナさんの自宅の後ろの家が、土煙りをあげて崩れ、80代の母親と介護をしていた娘さんが下敷きになって亡くなったそうです。ご近所で長いお付き合いだったからとてもショックで、瓦礫をどけてご遺体を運ぶ光景が目に焼き付いて、時間が経ってからがかえって思い出しそうと、辛そうでした。
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半年前の訪問で、とにかく仕事が欲しい、何でもするから仕事を下さいと、必死に訴えたトゥリさんの三女リタさん。写真を見て、どんな気持ちでいるのだろうと想像しました。まさかこんなことが起ころうとは…




