《キサン奨学生のホームビジット ネパール7日目》

サビタ・キサンさん(22)のご自宅を訪ねました。生活が厳しく、9歳頃からようやく学校に通い始めましたが、途中通えない時期もありました。何とか卒業し、自力でカレッジに進学しようとしたところ、友人からネパリの奨学金のことを聞いて連絡をくれました。今は私たちの奨学金で教育を学んでいます。

お父さんは病気で働けず、貧しいため病院にも行っていません。お兄さんは1年前に病気で亡くなられました。お兄さんも、病院に行けなかったそうです。

わずかな土地は、元々ジャングルだったところを祖父の代に開墾したものです。自分の土地ではないので、何かあったら立ち退かなければなりません。 竹を編んだ壁でとても簡素な家で、特に雨季は衛生状態が劣悪だろうと思います。

父のデムナさん、母のバビンさん、亡くなった兄の妻スニタさんと息子2人の6人で暮らしています。スニタさんの仕事と、サビタさんのアルバイト、そしてキサン民族の生活向上のために政府から出るわずかなサポートが収入源です。

私たちの奨学金の現地コーディネーター・バラットさんは、奨学生の中で一番厳しい生活環境だといいます。(さらに厳しいため学力が追い付かず、進学を諦めざるを得なかった女性はいます) しっかり学んで仕事を得て、貧困の連鎖から脱して欲しいと願います。

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《キサンファンデーションへ ネパール7日目》

タライ平野のインド国境付近で暮らす、少数民族・キサンの人々。ネパール全土でわずか1750人。支援を始めた当初はトイレもないのが普通でした。
キサンファンデーションでは、若者たち自身が中心となり、生活向上のために活動しています。私たちは、奨学金支援を中心に設備投資などの支援をしてきました。
今回は15人ほどの奨学生の女性たちが集まってくださいました。皆口を揃えて、この奨学金がなかったら進学できるなんて考えたこともなかったといいます。
生活が厳しく、学業に専念できないため学力が伸びず、また身近にモデルがいないため、将来どのような選択肢があるか真剣に考えられないのが現実ですが、そんな中で准看護コースに進んだギタさんとディーパさん。6ヶ月の実地研修と試験を終えて、今は結果待ちです。「手術に立ちあい、傷口を縫ったりしました。最初はとても大変でしたが、半年で経験を重ね、少しずつできるようになりました」と。皆の視線が、一気に尊敬の眼差しに。経験を積んで、どんどん成長してるなあと嬉しくなりました。
「自分のことだけ考えるのではなく、後に続く若者たちに道を拓きなさい」という先輩のビムさん。皆真剣にきいていました。

 

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《奨学生のモニタリング ネパール7日目》

奨学生のモニタリングのため、東ネパールのインド国境の街ビルタモードへ。
まずはニルマラさんが働く病院に行きました。奨学金で学んだ後、病院でボランティアとして働き、認められてスタッフになってから5年がたちます。たくさんいる兄弟の面倒をみるため、1日2シフト頑張って働いてきました。努力が認められ、実力もついて、今は新人を指導する役割だそうです。1シフトは現場をマネージし、1シフトは自ら看護にあたたっています。
カンチャンジャンガの麓の街、フィディムからさらに奥地の村で育ったニルマラさん。幼い時に病院で働くナースに憧れたそうです。今は村で暮らす家族や親戚、知人から、体調が悪いと電話がかかってくるそうです。アドバイスして、皆の役に立てるようになったことが嬉しいとおしゃっていました。
仕事を通して自信がつき、堂々と輝いている様子はとても誇らしかったです。働く女性のモデルとして、奨学生にとっても貴重な存在です。

弟のラジャン君は、コンピューターサイエンスを学んだ後、ラジオ局で働き始めて3年、ようやく会いに来ることができました。14時から19時まではラジオ放送中のコンピューターや音量調整などを任されています。その他の時間は外に出て、ニュースを探したり原稿を作ったりしているそうです。まだ幼かったラジャン君が立派な青年になっていて、嬉しいびっくりでした。

さらに弟の二ディナット君は、獣医学を学び、今は獣医として村々を回っているそうです。3年たつそうです。

奨学金がなかったら、まず進学できなかった若者たち。貴重なチャンスを必死の努力で自らつかみ、後に続く若者たちに道を拓いてくれました。

皆様にご支援を頂き蒔いた種が、確実に芽を出しています!!本当にありがとうございます!

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《コーヒー産地グルミ訪問 ネパール5&6日目》

 完二さんは約10年振り(訪問回数は15回程)、私たちは初めてのグルミ訪問。10年前よりはずいぶん道が整備され時間も短縮されたとはいえ、村に行く道はどこも超超ラフロード。改めて、私たちの日々の仕事、そして毎日飲んでいるコーヒーがこんな奥地から届き、つながっているんだと思うと感動でした。

3ヶ所の農家さんを回りましたが、道すがら「Kanji !!」とたくさんの方々が嬉しそうに声をかけてこられました。再訪をとても喜んでくださり、昔話に花が咲きました。皆さんコーヒー栽培に誇りをもち、協同組合と信頼関係がしっかりしていて感心しました。現場を歩き回り、協同組合と農家さんをつなぐ人材がしっかり育っていて、嬉しく思いました。

グルミ協同組合のオーガニック証明取得をサポートし、2000年にネパール初となる取得に成功したので、協同組合のメンバーは、「ネパリのおかげで今のネパールのコーヒー産業がある。ネパリに教えてもらったことを他の村々に教えて、ネパールコーヒーが広っていった」「グルミ協同組合として、一番最初のネパリとの縁はこれからもずっと大事にしたい」とおっしゃってくださいました。

どんな時もご愛飲くださり、買い支えてくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

<グルミ物語コーヒーはこちらから♪>
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<コーヒークッキーも美味しい!と喜んでくださいました!>
http://www.verda.bz/?pid=2929081

ちなみに…
コーヒーのフルーツである赤いチェリー、初めて食べてみました。赤い外皮と種(コーヒー豆)の間にあるぬめりが、ほのかに甘くて美味しかったです(*^^*) コーヒー産地だからこそ味わえるフレッシュチェリーです (^^)

 

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《ネパール4日目 グルミへ》

これから向います

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《西ネパール、グルミに到着! ネパール4日目》

カトマンズから飛行機で30分のバイラワ空港からガタガタ道を車で走ること約6時間、タンセン、リディを通り、グルミの中心地タムガスまで来ました。
グルミ協同組合のコーヒー加工センターで、豆の選別をしている女性たち、コーヒー生産者の村人たちにお会いしました。完二さんは10年振りの訪問です。皆さんよく覚えてくださっていて、再会を喜び合いました!今日は1日村を回ります!

 

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《ネパール3日目 子どもたちとメリークリスマス!》

 毎年恒例の、子どもたちのホームMSCCでのクリスマスパーティー。1年で皆ずいぶん大きくなって、この日を迎えられて本当に良かった。日本でたくさんの方が皆のことを想って、サポートしていることを伝えました。皆真剣に聞いています。

ストリートからレスキューされて、MSCCで暮らしていた男の子が逃げ出し、またストリートに戻ってしまったと聞きました。子どもたちをみているラムさんは淡々と話されますが、どれほど悔しいことでしょう。MSCCでは少ないですが、ネパールではそのような子どもは後をたちません。本人はもちろん、子どもたち、関わる大人たち、どれほど傷ついているのだろうかと思います。

他にもストリートからレスキューされて、全く身寄りのない子どもたちが数人います。2人の女の子は高校卒業資格試験を来年に控え、その後はホームから自立しなければなりません。ラムさんと共に、自立に向けてどのようなステップ、そしてサポートが必要か話し合っています。MSCCでたくさんの大人の愛情を受けて、まっすぐ育った彼女たち。サポートは必要ですが、大事なのは自ら一歩を踏み出すかどうか。自分の将来のために、後に続く子どもたちのために、未来を切り拓いてほしいと思います。

 

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《ネパール2日目、地震被災地ラムチェ・サッティゲルへ》

2015年4月25日、ネパールの首都近郊を震源とする大きな地震が発生。以来、緊急支援、復興支援を続けて来ました。家の復興も始まり、私たちの支援も全体から対象を絞る段階を迎え、昨今の状況を視察しました。
復興も家庭状況により様々ですので、激励の気持ちを込めて、今回はお米を支援させて頂きました。工場から直接届けた新米です。以前支援した井戸掘りと施設した水パイプのお陰で、水問題はかなり軽減していました。口唇裂の赤ちゃんも、手術を経て良くなり、大きくなっていました。お母さんも、私たちが来たことを聞きつけてお礼を言葉と共にかけつけてくれました。「3年間も継続して支援してくださり、本当にありがとうございます」と、いつもボランティアで物資の配布など手伝ってくださった方が村人と共にお礼の言葉を私たちに下さいました。
地震から3年半がたち、政府からの支援金が出て、ようやくあちこちで家が再建されています。しかし、自分の土地でなければ対象になりません。住む場所がなく、辿り着いた地で生活していた方々にはお金がでないため、壊れた家を住める範囲でトタン屋根でおおい、風雨をしのいでいます。
マドゥ・スーダンさんのケースでは、高地に自分の土地があるそうですが、飲み水にも困り、現在の道路脇の政府管理の土地に移り住みました。年頃のお嬢さんを2人抱え、水が少ない土地では耕作できるものが限られ、唯一のトウモロコシを育て、わずかな現金収入で生活を支えています。この脇にも自分の土地がありますが、支援金をもらうと、現在の土地を明け渡さないと行けなくなります。小さな土地も、政府の土地から一定の距離を空けなくてはなりません。それでは、寝る場所もなくなってしまいます。支援金をもらうより、仮設の形でも、現在のままの方がましという判断です。家再建に踏み切れないご家族には、それなりの事情を抱えています。
復興は、より弱い立場の人々に届きにくい現実が、ここにあります。

 

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《ネパール2日目、ハンディクラフト》

ハンディクラフトのミッションで、マハグティ、ウールンガーデン、サナと回りました。限られた時間なので、1年振りの再会の挨拶もほどほどに、サンプルチェックや商品のフィードバック、オーダーの確認、布地のチェックなど。春夏の仕上げと、秋冬の開発。あっという間に時間が過ぎます。

地震で自宅が被災したが建て直す余裕も政府の支援もなく、生活が困窮していたウールンガーデンの女性たちに、昨年支援をしました。今年は表情がとても明るくなっていました!はつらつとした雰囲気で、随分生活が落ち着かれたようで、ほっとしました。

別れ際には、「もっとたくさん仕事をちょうだいね!いい仕事をするから!」と。頑張らないと。。。

<あったか手編みのニットはこちらから♪>
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《ネパール到着!1日目》

シリンゲ村やグルミ村から届いた豆を、カトマンズで3人の女性たちが厳しく品質チェックし、再選別をしています。問題があるとすぐに連絡が入るので、村にフィードバックできます。ネパールコーヒーを陰で支えてくれている、とても頼りになる存在です。

写真の女性はカビタ・ギリさん、34歳。19歳の娘と13歳の息子を育てています。20歳の時から私たちのコーヒーの仕事を担っているベテランです。

私たちのコーヒーの販売力では彼女たちの通年の仕事量には到底及ばず、到着早々現実を突きつけられています。

<ネパールコーヒーはこちらから♪>
http://www.verda.bz/?pid=128820388

 

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